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7.不均一系光触媒反応T(光電気化学型反応)

 金属付き半導体によって起こる光触媒反応の多くはショットキー型光化学ダイオードおよび半導体光電極セルで起こる反応のアナロジーで議論できて理解しやすい。これを光電気化学(PEC)型と呼ぶことにする。以下、代表的なPEC型光触媒反応について解説する。

7.1.水の光分解

 本多-藤嶋効果による水の光分解と同様なことがPt/TiO2粉末光触媒でも期待できるが、Pt/TiO2を水溶液中に懸濁して光照射しても水の光分解は起こらない。わずかにH2が生成することがあるが、O2が生成することはない。ところが図10(a)のような平底のガラス反応器にPt/TiO2を敷き詰めて真空排気した後、Pt/TiO2を水で湿らせて光照射すると、(b)のようにH2とO2が約2:1の比で発生することを筆者は1980年に発見した。このときPt/TiO2に付ける水の量は多くても少なくても反応は起こらない。H2とO2の生成は照射時間とともに減速し、光照射を止めると圧が減少する。これはPt上で逆反応(H2 + 1/2O2 -> H2O)が起こっているためである。

図10
図10 Pt/TiO2による水の光分解
ここをクリックするとPt/TiO2光触媒による水の光分解のアニメが見れます。

 この実験結果からPt/TiO2を懸濁した状態では反応が起こらない原因が推察される。水の量が多いとき、H2もO2も気泡となって気相に出なければならないが、発生場所が微粒子上であるため、それぞれが別々の気泡を作ることは難しく混合気体になる。H2とO2が混合すればPtの触媒作用により速やかに水に戻ることは必定である。気体が気泡を作らずに気相に脱離でき、なおかつ気体の再吸着が妨げられる程度の水膜の厚さがH2およびO2生成の最適条件になる。水にPt/TiO2を懸濁して激しく撹拌した状態で反応容器上部から光照射すると水の光分解が起こるが、下部から光照射すると起こらないという報告がある。この結果もPt/TiO2上の水の層の厚さを考察すれば容易に理解できる。撹拌によって水面に近いところに舞い上がったPt/TiO2粒子からは生成物が拡散によって気相に出ることができる。
 それではPt/TiO2を水で湿らせない、気相の水(水蒸気)のみがある状態では反応は起こっていないのであろうか。この状態にCOを加えるとただちにH2、CO2および微量のO2が生成することから水の光分解が起こっていたことがわかる。すなわち、H2とO2が生成しても即座にPt上で反応するので検出されるほど蓄積しない。したがって見かけ上、反応が起こっていないように見えるが、COとの反応によってO2が消費されるとH2が蓄積し、またPtがCOによって被毒することにより逆反応にたいする活性が抑制されてO2の生成も見られるようになるわけである。なお加えるものはCOに限らずO2(または正孔)と反応するものであれば何でも水素が生成し、H2(または電子)と反応するものを加えればO2が生成する。
 Pt/TiO2上の水の膜厚を制御して薄くすることは純水では難しいがNaOH水溶液を用いると比較的簡単にできる。図10(a)のような反応容器にPt/TiO2とNaOH水溶液を入れて真空排気し、水の量を徐々に減らしながら光照射するとH2とO2が生成し始める。さらに溶液量を減らすと図11に示すように急激に生成速度が大きくなり、最大を経て減少する。速度が最大になる溶液量はNaOHの濃度を高くしてもあまり変わらない。以上の結果からPt/TiO2上のNaOH水溶液の膜厚によって収率が変化することがわかる。このときNaOHが潮解性(吸湿性)の電解質であることが重要であり、Pt/TiO2上に安定な薄い液膜をつくるとともにイオン伝導を容易にする役割を果たしている。さらにNaOH水溶液中でPt/TiO2を光照射すると活性が徐々に増大する現象が見られる。高濃度のNa2CO3水溶液中でのPt/TiO2による水の光分解は非常に高い収率を示し、逆反応も抑制されるという報告がある。これと何らかの関連があるのかもしれない。

図11
図11 NaOH溶液量を変えたときの水の光分解収率の変化。
光触媒:Pt/TiO2(0.3g)、( )内は水蒸気圧を示す。

 微粒子のTiO2を用いると一般に水の光分解は起こりにくい。その原因として微粒子では空間電荷層ができるほどの粒径がないことが考えられる。半導体表面の空間電荷層は表面から内部へ1μmほどにわたって形成されるので、粒径が1μm以下の半導体では完全な空間電荷層ができないことになる。しかし、P 25 TiO2(平均粒径30nm)でも収率は低いが水の光分解が起こることから、この場合なんらかの電荷分離機能が働いていると考えられる。水の光分解のような光エネルギー蓄積型の反応においては光触媒の電荷分離機能が必須の要件である。
 Pt/TiO2による水光分解の発見後、水溶液中に懸濁しても水の光分解ができる光触媒の研究が広く行われ、NiOxあるいはRuO2などを助触媒として付けるとよいことがわかった。これらの助触媒は逆反応(H2 + 1/2O2 -> H2O)に不活性でも水素発生反応(2H+ + 2e -> H2)には活性であるという特性を持っている。また水を光分解できる半導体もいろいろ開発され、今では十種類を越えるに至っている。いずれも金属酸化物半導体であり、チタン酸塩(MTiO3)、タンタル酸塩(MTaO3)、ニオブ酸塩(M4Nb6O17)(いずれもMは金属)が主である。なかには助触媒なしに働くものもあるが助触媒を付けた場合より活性は低い。これらの半導体はTiO2のようにバンドギャップが大きく、太陽(可視)光を利用できるものは残念ながら未だない。CdSやCdSeのような金属硫化物やセレン化物半導体は太陽光を利用できるバンドギャップを持っているが水の光分解が起こる前に光溶解(自らが光酸化される)してしまう。RuO2のような酸化触媒を付加すればO2の発生が起こるという報告もあるが再現性がない。前にも述べたように、n-型酸化物半導体の正孔は易動度が低く、これが助触媒に移行することはほとんどあり得ない。したがって、正孔の関与する反応に助触媒の効果はないと考えられる。酸化物半導体の伝導体の位置は水の酸化電位より十分に負側にある(すなわち過電圧が大きい)ので助触媒がなくても水を酸化できる。
 水の光分解を標榜する研究の中にはH2のみが生成してO2が生成しないものがかなりある。O2が生成しない原因をH2O2あるいはTiO2の過酸化物の生成に求めるものもある。しかしながら、このような過酸化物の生成を直接、証明した研究はなく信頼性に欠ける。多くは光触媒中に含まれる不純物(可酸化物)によって酸素が消費された結果、H2が生成していると考えられる。(光触媒研究余談を参照)

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7.2.犠牲剤水溶液からの光水素発生反応

 光照射されているPt/TiO2懸濁水溶液にメタノールなど、酸化されやすい有機物を加えると非常に高い収率でH2が生成する。この時加える物質を犠牲剤(sacrificial reagent)と呼ぶことがある。この反応は非常に効率が高いので光による水素生産に使えるのではないかと考えられ、いろいろな半導体光触媒について多くの研究が行われた。純水中では光溶解するCdSなど金属硫化物半導体もアルコール水溶液中では光水素発生反応に使える。アルコールが正孔と反応するために硫化物自身の光溶解が抑制されるためである。金属が担持されていない金属酸化物半導体でも水素が発生することがあるが収率は低く、半導体自身が光還元される現象が起こる。
 光水素発生反応の効率が高い理由としていくつかの要因が考えられる。まず第一に、水の光分解では逆反応が収率を下げるが光水素発生反応では酸素が添加物との反応で消費されるので逆反応がないことである。さらに酸化されやすい有機物はCOとは異なり、水の酸化生成物(酸素原子あるいはOHラジカル)と反応することなく、直接、正孔と反応するルートがあると考えられる。この場合には電子-正孔の再結合が抑制されるのでさらに収率が上がる。第二の要因として電位浮遊効果が考えられている。正孔が有機物との反応によって消費されると、電子が余った状態になり、粒径の小さい半導体粒子ほど負に帯電することになる。この様子は電気泳動法によって観測することができる。負に帯電した粒子の電位は水素発生電位より負になると考えられるので水素発生の速度が大きくなる。この効果はその原理から微粒子に限られる。第三の要因として電流二倍効果がある。n-型半導体の光電極反応においてある種の有機物を加えると光電流が場合によっては倍増する現象がある。これは、半導体電極上で光酸化された有機物から生じた反応中間体の酸化電位(第二酸化電位と呼ばれる)が半導体の伝導帯下端より負である場合、中間体が自ら半導体電極に電子を与える(酸化される)ことによって起こる。同様のことが金属つき半導体光触媒でも起こると予測される。実際、Pt/TiO2を用いたアルコール水溶液からの光水素発生で量子収率(光子2個でH2水素1分子ができるとする)が100%を越える例が観測されている。  TiO2の光酸化力は非常に強く、とくに水が存在すると通常の条件下では容易に酸化されない物質もPt/TiO2を用いると酸化される。例えば、活性炭とPt/TiO2を混合して水蒸気共存化で光照射するとH2とCO2が生成する。この場合、正孔が固体の炭素と直接、反応するとは考えられないので、水の中間酸化生成物(酸素原子あるいはOHラジカル)が炭素と反応していると推定される。しかし収率は光触媒と炭素の密着性が良いほど高い。

図12
図12 微粒子TiO2を焼成したときのエタノール
水溶液からの光水素発生活性と比表面積の
変化。●は800℃焼成TiO2を600℃水素還元し
た試料。Pt担持量は1wt%。

 Pt/TiO2による光水素発生効率はTiO2の粒径に依存するように見える。図12はTi(C3H7O)4を加水分解して調製した微粒子TiO2(アナタース型)を焼成したときの表面積の変化と光水素発生活性の変化を示す。表面積は最初は200m2/g以上あるが焼成による粒子同士の焼結で粒径が大きくなり減少する。とくに焼成温度500℃付近での減少が著しい。このとき結晶型がアナタース型からルチル型に変化する。一方、水素発生活性は500℃まで焼成により増加する。焼成前の超微粒子TiO2はバンドギャップが大きいために光吸収量が少ないが、粒径の増加とともにバンドギャップが減少し光吸収量が増加するためと考えられる。500℃以上の焼成により活性は大きく減少し、粒径の増加あるいはルチル型への変換に起因するようにみえる。しかしながら、800℃で焼成した試料を600℃で水素還元した試料(●)は活性が著しく増加する。より高温で焼成した試料についても水素還元することにより、同程度の活性にすることができる。したがって、500℃以上の焼成による活性減少は粒径増加や結晶型変化によるものではなく、TiO2の導電性の減少によるものであることがわかる。すなわち焼成によって格子酸素の欠陥が減少したためキャリアー(電子)濃度が減少し、光触媒活性が減少したのである。市販のTiO2についても表面積の小さいものは水素還元によって光水素発生反応にたいする活性が向上する。これはPEC型光触媒反応に共通する特徴である。

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7.3.犠牲剤水溶液からの光酸素発生反応

 犠牲電子アクセプター、すなわち電子を好んで受け取る物質(イオン)を金属酸化物半導体の懸濁水溶液に加えて光照射するとO2が発生する。

An+ + e- → A(n-1)+ (Aは電子アクセプター)
2H2O + 4h+ → O2 + 4H+

電子アクセプターとしてはAg+イオンがもっとも多く用いられ、その他のものとしてはPd2+、Cu2+、Fe3+(−> Fe2+)、IO3-, BrO3-, 有機金属錯体イオン(Co(NH)33+, Co(bpy)33+, Co(phen)33+ など)がある。これらのイオンの還元電位は、半導体の伝導帶下端(正確にはフラットバンド電位)より十分にプラス側にある必要がある。典型的な硝酸銀を用いた光酸素発生反応の場合、反応の進行とともに金属銀が半導体表面を覆い、溶液中には硝酸ができてpHが下がる。光酸素発生反応では反応が進むとともに光触媒の表面状態と反応条件が変化することに注意する必要がある。

 

Fig. 13
図13 TiO2(○)およびPt/TiO2(△)による硝酸銀
水溶液からの光酸素発生活性の水素還元温度依存。
RuO2/TiO2(●)は還元なし。TiO2:メルクanatase、
Pt量:1wt%。

 銀塩水溶液からの光酸素発生は半導体光触媒の活性テストによく用いられる。とくに、水の光酸化による酸素生成が可能であるかどうかを調べるために使われる。そのため、TiO2による光酸素発生反応は水の酸化ステップが律速であると考えられがちである。しかしながら、図13に示す実験結果は水の酸化が律速ではないことを示している。まず、TiO2(○)を水素で還元する温度を高くすると、酸素発生速度が速くなる。すなわち、TiO2は還元することによって水からの水素発生活性と同様に、水からの酸素発生活性が高くなる。これは還元前は電子移動が律速であったことを示している。この効果はPtをつけた方(△)が著しくなる。Ptは酸化触媒としてよりも還元触媒として働くので、この結果は還元側が律速であることを示している。PtによってTiO2の還元が促進されたことも考えられる。酸化触媒と考えられているRuO2をつける(●)と活性はあがるがPtほどではない。この場合もRuO2が還元触媒として働いている可能性がある。

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7.4.金属の光析出

 前節で述べたような金属イオンを含む水溶液からの光酸素発生反応は金属イオンの光還元、金属析出反応でもある。上記以外の金属イオンの光還元をTiO2によって行うには犠牲還元剤が必要であり、その場合、酸素は生成しない。金属イオンの光還元を積極的に利用したものにBardらが始めたPt/TiO2触媒の調製法がある。塩化白金酸、H2PtCl6の水溶液にTiO2を懸濁して光照射してもPt4+はPt0にまで還元されないが、ここに少量の酢酸やアルコールなどを加えるとPtが還元されTiO2上に析出する。この方法はPt/TiO2光触媒の調製法として広く用いられており、光析出法とか光電着(析)法と呼ばれている。この際、もしTiO2上に還元サイトのような活性点があれば、Ptの析出はそこで起こるであろうから、Ptを還元助触媒として使うPt/TiO2光触媒の活性を向上させることになる。最初は還元剤を加えずに光照射してH2PtCl6をTiO2上に分解・吸着させ(Pt+2として吸着すると考えられる)、その後、還元剤を加えるとPtの分散度の高い、Ptがほとんど原子状に分散したPt/TiO2が得られる。Rh2+も同様にして光還元できる。しかし、金属イオンの還元電位が半導体のフラットバンド電位よりも正である場合には、犠牲還元剤を加えても還元することはできない。
 光触媒上への金属コーティングの応用として、ガラス基板の上のZnO透明薄膜上への画像形成が提案されている。その他、銅鉱山の廃鉱から流出する銅(イオン)を光触媒によって回収する方法なども考えられている。

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7.5.水による無機化合物の光還元と光酸化

 光触媒によって無機物を犠牲還元剤なしで水のみによって還元する反応がいくつか報告されている。以下にその例を挙げる(反応物と生成物の化学量論は無視)。

N2 + H2O -> NH3 + O2
NO + H2O -> NH3, N2H4, N2 + O2
CO2 + H2O -> CH4 + O2

これらの反応はいずれもO2が同時に生成することが特徴であるが、これまでの報告の中でO2生成を確認している論文は一つもない。化学量論が成り立たない反応に関する論文が受理されるのは実に不思議な現象であり、光触媒以外の世界では考えられない。上記の反応は自由エネルギー変化がプラスになる、すなわち光エネルギーが化学エネルギーに変換されて貯蔵されるきわめて重要な反応である。しかしながら、粉末半導体光触媒系ではこのような反応は原理的にほとんどあり得ないと考えられる。実際、筆者はTiO2やPt/TiO2を用いてこれらの結果を追試してみたが再現できたものはない。TiO2上でこれらの反応が起こらない理由は次の通りである。

(1)いずれの生成物も水によって容易に光酸化されることが実験的に証明されている。さらに、O2が共存すると光酸化は早く起こる。
(2)これらの無機物を電気化学的に還元しようとすると、相当大きな過電圧が必要である。しかし、TiO2のフラットバンド電位はNHE(標準水素電極電位)よりせいぜい0.2V程度負であるにすぎず、N2やCO2などは還元できそうにない(NOは可能かもしれない)。
(3)触媒反応は反応物が触媒に吸着しないと起こらない。N2はほとんどの半導体に吸着しないし、吸着も解離吸着でないと反応しない。

 このような起こりそうもない反応が起こった時にはそれなりの検証が必要である。もっとも良い検証方法はアイソトープ(同位体)を用いて反応物が生成物になることを証明することである。例えば、15Nを含むN2やNOから15NH3が、13CO2から13CH4ができることを示せばよい。なお、この場合にも反応物と生成物間のアイソトープの交換が別ルートで起こらないことを確認する必要がある。上記反応についてのこれまでの報告では残念ながらアイソトープを使った実験はない。
 起こり得ない反応がなぜ報告されるのであろうか。その原因の一つは、光触媒中の不純物である。筆者は光触媒としてよく使われるP-25 TiO2の一部ロットが鉱物油状の不純物を含んでいることを見つけている(「光触媒研究余談」を参照)。非常に分解しにくい不純物もTiO2の強い光酸化力によって分解され、上記反応の生成物を与える場合がある。第二に考えられるのは、反応が反応物を流し続ける流通法で行われる場合である。反応物中の極微量の有機不純物が光触媒上で蓄積、分解して生成物を与える。第三は、微粒子光触媒を使っていて、生成物の量が非常に少ない場合である。微粒子の粉体を空気中に放置しておくと、様々な有機不純物が吸着する。固体の表面には約1015個の原子があるので、このうちの1%に不純物が吸着しているとしても、表面積50 m2/gの光触媒(例えばP-25 TiO2)1gを用いると、約5 x 1018個の分子、すなわち約10マイクロモル(μmole)の不純物がある計算になる。世の中にはナノモル(nmole)のオーダーの生成物でも論文にする人がいるから、触媒に吸着した不純物の分解反応で十分、賄える勘定になる。触媒反応が本当に触媒作用によるものかどうかを判定するパラメータにターンオーバー数(turnover number)がある。これは反応生成物の分子数を触媒の活性点の数で割ったものであり、反応中に活性点が何回使われたかを表す数である。通常、ターンオーバー数が1をかなり越えないと触媒反応と認定されない。光触媒反応も同様でなければならない。
 犠牲還元剤を用いるとCO2の光還元は可能なようである。アイソトープを用いて生成物が反応物由来であることを確かめた例が二、三ある。
 金属助触媒付き半導体光触媒(例えば、Pt/TiO2)はO2による光酸化反応にはあまり活性ではなく、金属を付けない場合とほとんど違わない。これは酸素の活性化が電子と正孔の電荷分離を必要としないためである。しかし、O2とともに水が存在すると光酸化活性は飛躍的に向上する。この場合、光酸化は水によって起こっており、O2は金属上に生成した水素を酸化するのに使われる。金属を付けない、半導体のみによる光酸化反応については後に述べる。

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7.6.有機合成反応への応用

 半導体光触媒を有機合成反応に応用する試みが行われている。粉末光触媒の場合、還元サイトと酸化サイトが空間的に近接しているため、特異な反応が起こる場合がある。以下に代表的な反応を紹介する。

光コルベ(Photo-Kolbe)反応

 カルボン酸の電気化学的酸化はコルベ電解と言われており、多くの場合、脱炭酸とアルキル基の2量化反応がおこる。半導体光電極でも同様な反応が起こり、例えば、TiO2電極でCH3COOHを光酸化すると、TiO2極からC2H6が、対極のPt極からH2が発生する。これを粉末光触媒Pt/TiO2によって液相で行うと主生成物はCH4となる。
TiO2光電極     2CH3COOH -> C2H6 + H2 + 2CO2
Pt/TiO2(粉末)   CH3COOH -> CH4 + CO2

この反応を光コルベ反応と名付けたBardらは、光電極と光触媒の違いを次のメカニズムで説明した。

hν -> h+ + e-
CH3COOH -> CH3COO-(ad) + H+
CH3COO-(ad) + h+ -> ・CH3 + CO2
H2O + h+ -> ・OH + H+
CH3COOH + ・OH -> ・CH3 + CO2 + H2O
2・CH3 -> C2H6
H+ + e- -> H(ad)
・CH3 + H(ad) -> CH4
2H(ad) -> H2

TiO2上で正孔あるいはOHラジカル(・OH)によってCH3COOHが酸化され、メチルラジカル(・CH3)が生成する。光電極上では比較的狭い表面に高密度で・CH3ができるため2量化してC2H6が生成するのに対し、粉末光触媒は表面積が大きいので・CH3の密度が低く2量化が起こらない。この反応のポイントはOHラジカルが関与していることであり、実際、OHラジカルの生成がESRによって観測されている。
 筆者はPt/TiO2上で気相の光コルベ反応を行い、図14のような結果を得た。

Fig. 14
図14 Pt/TiO2による気相CH3COOOH
の光分解反応(光コルベ反応)。H2O(g)
を加えると反応が促進され、主生成物が
CH4からC2H6に変わる。

まずCH3COOHのみで光照射すると、C2H6よりもCH4が多く生成する。ここに気相の水(水蒸気)を加えると、反応は著しく加速され、C2H6が主に生成するようになる。これより、水を加えるとOHラジカルが生成し反応を促進しているらしいことがわかる。反応が促進されるとともにC2H6が主生成物になることは、メチルラジカル密度が増したことによると考えられる。一方、液相で反応を行うと気相よりはるかに遅いことが分かった。したがって、C2H6/CH4比を決めるのは光触媒の表面積だけではなく反応速度にもよることがわかる。事実、気相反応における照射光量を少なくして反応速度を小さくするとCH4の比率が増すことが見出された。なお、反応終了近くになるとC2H6が減少するのは水による酸化が起こるためである。溶液のpHによって生成物が変わることも見いだされている。酸性ではCH4が多く、塩基性ではH2が多くなりCH3OHができる(コルベ電解でも同様である−Haber-Moest reaction)。PtをつけないTiO2粉末で光コルベ反応を行うと反応速度は著しく遅く生成物はCH4のみである。この場合、TiO2の還元が起こって色が青色(Ti3+による)になる。

アミノ酸の合成

 BardらはNH3(またはNH4Cl)水溶液にPt/TiO2を懸濁し、CH4を通気しながら光照射すると、収率はきわめて低いが、Asp、Ser、Glu、Gly、Alaなどのアミノ酸が生成することを見出した。地球の原始大気中での放電によるアミノ酸生成が生命の誕生につながったという定説に対し、光触媒によってもアミノ酸ができる可能性を示したことで注目された。この反応はTiO2のみでは起こらないことから、酸化と還元が同時に起こった結果であると考えられる。この反応はその後、坂田と川合らによって詳しく研究され、CH4の代わりにグルコースを用いると次式のように比較的、容易にアミノ酸ができることが分かった。
scheme1
ここでox.は酸化、red.は還元を表す。主生成物のGlyの収率は半導体によってことなり次のような序列であった。

In2O3 > TiO2 (anatase) > TiO2 (rutile)

Glyoxylic acidのような有機酸からはより効率よくアミノ酸ができ、そのルートには(1)直接アンモノリシス、(2)ケト酸のNH3による還元、(3)有機酸二重結合へのNH3の付加、などがある。また、Glyが光触媒によって重合してペプチドができることもわかった。

有機化合物の部分酸化

 ベンゼンC6H6を光触媒で部分酸化してフェノールC6H5OHをつくることができる。例えば、硫酸水溶液中、Pd/TiO2(anatase)によって選択率38%でフェノールが得られたという報告がある。TiO2による反応でFe2+イオンを加えると収率が増すという報告があり、光フェントン反応と名付けられている。これは次のフェントン反応

H2O2+Fe2+ -> Fe3++HO- +・OH

においてOHラジカルが生成するので、反応中のTiO2上でH2O2が生成するならば、OHラジカル生成が促進され、これのC6H6への付加によりフェノールが生成すると説明されている。しかしながら、光フェントン反応におけるOHラジカル生成の促進は確認されていない。Pt/TiO2のような金属助触媒付き半導体光触媒は一般に水溶液中で酸化力が強すぎるので部分酸化反応には適していない。絶縁体粉末の担体に半導体を担持した光触媒による光酸化反応については後に述べる。

C-C結合生成反応

アルカン、アルコール、エステル類、フラン誘導体などが脱水素二量化する反応がおこる。例えば、アルカンについては

RH + h+ -> ・R + H+
H2O + h+ -> ・OH + H+
RH + ・OH -> ・R + H2O
2・R -> R-R

・Rラジカルができてカップリングすると考えられる。光触媒の種類、添加物によって収率は変わり、副反応が起こることも多い。

有機アミンの2量化および環化反応

 Pt/TiO2を用いて次のような有機アミンの興味ある反応が見出されている。これも脱水素二量化反応である。

2C3H7NH2 -> (C3H7)2NH + NH3

この反応について次のようなメカニズムが提案されている。

RCH2NH2 + h+ -> RCHNH2 -> RCH=NH
RCH=NH + H+ + H2O -> RCHO + NH3
RCHO + RCH2NH2 -> RCH=NCH2R
RCH=NCH2R + H2 -> RCH2NHCH2R

光触媒の酸化と還元機能が複合して起こる典型的な反応である。

ZnSを用いる反応

 ZnSには閃亜鉛鉱型とウルツ型があり、バンドギャップはそれぞれ3.5eV、3.7eVである。伝導体の下端位置がNHEよりも1.5eV以上、負側にあるので還元力が強い。粉末ZnSは単結晶よりさらに伝導体位置が負側にあるという報告もある。ZnS粉末を光触媒とすると次のようにアルデヒドやケトンの還元反応が起こる。(化学量論は無視)

CH3CHO -> CH3CH2OH + CH3COOH
RR'C=O -> RR'CHOH

以上の他にも多くの反応が報告されている。1987年までは次の総説にまとめられている。
"Selective formation of organic compounds by photoelectrosynthesis at semiconductor particles", M. A. Fox, Topic in Current Chemistry, 142, 71(1987).

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8.不均一系光触媒反応U 

 ここでは金属などの助触媒がついていない半導体上の反応について述べる。すなわち、助触媒の効果のないもの、あるいは助触媒効果の薄い反応である。金属助触媒つきの半導体光触媒は、前章で述べたように半導体光電極のアナロジーから光電気化学メカニズム(電子と正孔が分離して、それぞれが還元および酸化反応を起こす)によるとみなされる。これに対し、半導体のみによる光触媒反応はそのメカニズムが明確でない場合が多い。ここで述べる反応のうちにはタイプT(光電気化学型)に分類されるものがあるかもしれないが、助触媒を必要としないという点でタイプUとした。タイプUの反応の収率はタイプTの収率より一般にかなり低い。これは、タイプUの反応では光照射によって生成した電子と正孔を分離する(電荷分離)メカニズムが十分、働いていないことを示していよう。

8.1.光吸着、光脱離

 金属酸化物半導体上にO2が光吸着したり、吸着酸素が光脱離(脱着ともいう)したりする現象が古くから知られている。しかし、半導体表面が清浄であればその量は一般にわずかなものである。表面に有機物が付着していると、これらの酸化にO2が消費されるので、光吸着が起こったように見えることがある。O2の光吸着は、O2による光酸化反応やO2同位体の交換反応が起こる(8.5.参照)ことから、O2分子は解離して原子状に吸着していると考えられる。ESRの測定によると、吸着酸素に光照射するとO-が生成し、これが吸着したO2と反応してO3-ができるとされている。
 最近、TiO2に水が光吸着することが、表面増強赤外分光(SEIRAS)測定によってわかった。TiO2表面を光照射すると、超親水性になるのは水の光吸着のためである。光吸着した水は水蒸気中では安定であるが酸素があると脱離する。

8.2. 光酸化反応

8.2.1.O2による光酸化反応

 金属酸化物半導体によってCOや有機化合物がO2によって光酸化されることが古くから知られている。 光酸化反応ではTiO2の光触媒活性が他の半導体と比べて高く、とくに微粒子のものは活性が高い。

Fig. 15
図15 Ti(i-C3H7O)4を加水分解して作成した
微粒子TiO2(anatase)のCO光酸化活性(左)と
表面積(右)の焼成温度依存。□はP-25の活性
を示す。

図15はTi(i-C3H7O)4を加水分解して作成した微粒子TiO2(anatase)のCO光酸化活性と表面積を焼成温度を変えて測定した結果である。どちらも焼成温度が高くなるにしたがって減少する。このTiO2試料は500℃付近でrutile型に転換する。光酸化活性はrutile型よりanatase型の方が高いと一般に考えられているが、それは市販のrutileの表面積が小さいためである。rutileでも表面積の大きい、すなわち粒径が小さい試料は光酸化活性が高い。高活性であるといわれているDegussa P-25(表面積約50m2/g)の活性(図15の□)は、表面積が同程度の試料の活性と同程度である。このように、O2による光酸化活性はTiO2の表面積(粒径)によって決まる。
 熱触媒では表面積が大きいほど触媒活性が高いことは当然であるので、光触媒においても表面積が大きいほど光触媒活性が高くなると多くの人は信じている。しかしながら、光触媒においては光照射された表面のみで反応が起こるのであるから、このことは先験的に成り立たない(光触媒余談を参照のこと)。実際、タイプTの光触媒反応では光触媒表面積(粒径)と活性が関係ない例が多くある。表面積と光酸化活性の関係は、O2の半導体表面での光励起のメカニズムと関係していると考えられる。結晶粒子の粒径が小さいほど一般に表面の格子欠陥密度は高くなる。このような欠陥サイトは熱触媒として活性であることが多い。活性なサイトにはO2もよく吸着するので光励起されやすいと考えられる。酸素は電子を引きつける性質が非常に強く(電気陰性度が大きい)、吸着したO2は光照射で生成した電子を引きつけてO2-になると考えられる。すなわち、一種の電荷分離が起こる。しかし、吸着O2の量は限られており、電荷分離も限られたものになる。O2による光酸化反応の量子収率が光を強くしても大きくならないという報告がある。これは光を強くしてもそれに見合うだけの電荷分離に必要な吸着O2がないためであろう。
 光酸化反応(およびその他の光触媒反応)では光触媒表面の水酸基が多いほど光触媒活性が高いといわれる。しかし、先にも述べたようにその実験的証明は何もなく、すべて推測にすぎない。表面水酸基量は表面積が大きい試料では確かに多いが、表面積あたりの密度は(比)表面積に依存しない。表面水酸基を修飾して少なくしても光酸化活性はそれに比例して減少しない。表面水酸基が光酸化反応に全く関与していないとはいえないが、なんでも活性点を表面水酸基にこじつける議論は非科学的である。現状では表面水酸基と吸着水との区別すらできていないのである。
 TiO2の光酸化力は非常に強いのでTiO2による酸化反応の応用範囲は広い。有害な有機物の除去(例えばシックハウス症候群対策)、脱臭(空気清浄機など)、防汚(照明器具や建築物の汚れ防止など)、大気中の窒素酸化物の除去(酸化してHNO3にする)、殺菌(病院内等の消毒)、ガラスのセルフクリーニング、水処理、などに応用されつつある。これらの用途にはTiO2の薄膜が使われることが多い。TiO2の光触媒作用に有効な光は400nm以下の波長の紫外光であるため、太陽光には3%程度しか含まれていない。光触媒表面の汚れがひどくなければこれだけの紫外光で十分、効果を上げることができる。さらに、室内でも蛍光灯の光に含まれる紫外光で効果が上がることが確かめられている。
 アルカンのO2による光酸化反応については詳しい研究がされている。中間生成物としてケトン、アルデヒド、オレフィンなどができる。枝分かれの多いアルカンほど酸化されやすく、ケトンとオレフィンの生成が多い。プロペンの部分酸化についても詳しく研究されており、TiO2は完全酸化の活性は高いが部分酸化の選択性は低い。V2O5/SiO2などを光触媒として用いると部分酸化の選択性が高くなる。これは半導体によって活性酸素種の種類が異なるためである。

8.2.2.O2による光酸化反応のメカニズム

 酸素による有機化合物やCOの光酸化反応は光触媒反応の中でもっとも古くから研究され、そのメカニズムもある程度わかっている。TiO2など金属酸化物上の酸素の吸着状態はESRによって調べることができる。酸素は金属酸化物上ではO2-になることが多い。

O2 -> O2-(a)

ここで(a)は吸着していることを示す。光照射されたTiO2上でO2-(a)は正孔と反応して解離しO(原子状酸素)となり、Oは電子を引きつけてO-になると考えられている。

O2- + h+ ->  2O(a)
O(a) + e- -> O-(a)

ここではO-は光励起した電子と反応するとしたが、O-は光照射しなくてもTiO2上に暗中で作ることができるから、マイナス電荷は光励起電子に由来するとは限らない。O-はO2と反応してO3-となることが知られている。

O-(a) + O2(a) ->  O3-(a)

O-やO3-のESRシグナルは暗中でCOや有機物を加えると消失することから、これらの吸着酸素種は熱触媒でも酸化反応の中間体とされている。TiO2などの固体表面上のO-は液体窒素温度(77K)でも酸化反応を起こすことができる。一方、一般には活性酸素種として知られているO2-はCOと反応しない。TiO2上でO2が光解離して原子状酸素が生成することは酸素の同位体交換反応(8.5.参照)からも明らかである。TiO2上で光によってO2からできる活性酸素種は光のエネルギーで作られた吸着種であるから気相の酸素とは熱力学的な平衡にはない。したがって、暗中に放置すると活性酸素種は減少してゆくが、その寿命は意外と長く、1分以上であることが最近わかった。
 TiO2上にできる活性酸素種をO2-であるとする論文が最近、多く見られる。O2-は生体内などの均一系触媒(溶液)反応では強力な活性酸素種として知られているが、TiO2上には暗中でO2が吸着しただけで生成し、室温では必ずしも酸化活性がないことはすでに30年以上も前に報告されている。光でTiO2上に生じる主な活性酸素種はO2-よりはるかに酸化力の強い原子状酸素である。OHラジカルやO2-をTiO2光触媒の活性酸素種であると主張する人たちは、均一系光化学反応のメカニズムが半導体光触媒でも成り立つと考えているが、これは間違いである。(光触媒研究余談参照) なお、活性酸素種については
  季刊化学総説 No.7 「活性酸素種の化学」、学会出版センター(1990)
に詳しく書かれている。とくに、固体触媒および電極上の活性酸素種に関する記述が参考になろう。

8.2.3.酸化反応中にできる活性酸素種

 有機化合物などが空気中で燃える反応(燃焼反応)は、反応中に活性酸素種が作られるので、一旦、火をつければ反応が持続する(自動酸化)。このように反応生成物が反応促進作用をすることを自触媒作用(autocatalysis)という。気相の燃焼反応に限らず触媒や光触媒による有機物の酸化反応でも反応中に活性酸素種が作られる。アルカン(CnH2n+2)の低温での触媒酸化を例にとると、反応の開始はOHラジカルや分子状酸素ではおこらず、原子状酸素で始まる。これを連鎖の開始(initiation)という。

開始(Initiation)
CnH2n+2(a) + O(a) -> CnH2n+1(a) + OH(a)

生成物のOH(a)はOHラジカルそのものである。一方、CnH2n+1(a)もラジカルであり反応性が高いので分子状酸素やOHラジカルとも反応し、活性酸素種やラジカルを生成する。
 開始に続き伝播が始まる。

伝播(Propagation)の例
CnH2n+1(a) + O2(or O2-)(a) -> CnH2n+1O2 -> CnH2n(a)+ HO2(a)
CnH2n+1O2(a) + CnH2n+2(a) -> CnH2n+1OOH + CnH2n+1(a)
CnH2n+1(a) + OH(a) -> CnH2n(a) + H2O(a)

HO2はペルヒドロキシラジカルと呼ばれる活性酸素種であり、均一系反応ではO2-よりも酸化力が強い。このように次々と活性酸素種や反応しやすい有機物ラジカルが作られると反応は加速度的に速くなる。一方、活性酸素種が消滅する反応もあり、これを停止という。

停止(Termination)の例
CnH2n+1O2(a) + HO2(a) -> CnH2n+1O2H(a) + O2
2HO2(a) -> H2O2 + O2

このように有機化合物の酸化には様々な活性酸素種が関与するが、開始に使われる活性酸素種が最も重要であることはいうまでもない。
 このように有機物の酸化反応中には活性酸素種がつくられるから、光触媒のよる酸化反応中に活性酸素種が検出されたからといって、それが光触媒によって直接つくられたとは限らない。とくに注意しなければならないのはDMPOなどのスピントラッピング剤を用いた、ESRによるOHラジカルの検出である。スピントラッピング剤は有機物であるから原子状酸素によって酸化されるとOHラジカルができる。OHラジカルが水と正孔の反応によってできるとは限らないのである。

8.3.1.酸化チタンの光励起格子酸素による酸化反応

 微粒子の金属酸化物半導体では格子酸素が光酸化反応に関与する。

図16 TiO2(P-25)をメタノールガス中で光照射したときの赤外透過率の変化。

P-25 TiO2をペレットにして真空中で赤外透過スペクトルをとると図16(a)のようになる。次に測定セルにメタノールガスを導入して光照射すると中赤外領域全域にわたって透過率が著しく減少する。この吸収はTiO2の伝導電子によるとされている。金属酸化物半導体は格子酸素に欠陥ができると伝導電子が増加するから、この結果はメタノールの光酸化にTiO2の格子酸素が使われたことを示している。ESRの測定によってこのとき同時にTi3+が検出され、TiO2が光還元されたことがわかる。赤外透過率減少は微粒子のTiO2ほど著しく、比表面積が10m2/g以下の粒径の大きなTiO2ではほとんど減少しない。熱による還元でも微粒子のTiO2ほど容易に起こる。
 COやメタン、エタンなどの低級アルカンではP-25 TiO2の赤外透過の減少は起こらない。これらは酸素があればTiO2上で光酸化されるから、P-25に関しては光励起格子酸素の酸化力は酸素からできる活性酸素種より弱いことがわかる。しかし、より微粒子のTiO2では光励起格子酸素によるこれらの酸化が起こるかもしれない。

 酸素が十分にあれば、この赤外吸収の増加は起こらない。これは格子酸素が光酸化に使われずに酸素が使われることによる。有機物中の光照射によって赤外透過率が少し減少したTiO2試料を暗中で酸素に触れさせると透過率が少し回復する。これは吸着した酸素分子が伝導電子を引きつけO2-になるためである。また、後に述べるように、HO2ラジカル生成とそれによる酸化も考えられる。この試料を酸素雰囲気下で光照射すると赤外透過率は元に戻り、CO2が生成する。酸素からできた活性酸素種が格子酸素欠陥を埋め、吸着種を酸化した結果である。
 以上の結果はTiO2の格子酸素でまず光酸化が起こり、次に酸素による格子酸素欠損の穴埋めと酸化反応がおこるメカニズムがあり得ることを示している。
 有機物中の光照射によるTiO2の赤外透過率変化の速度は有機物の種類によって異なる。

図17 光照射によるTiO2の赤外透過率変化−有機物の種類による違い

図17に示すようにHCOOHが圧倒的に速く、次いでCH3OH、(CH3)2COの順になる。HCOOHの場合にのみCO2が生成し、カルボン酸以外では何も気相には出てこない。一般に反応速度は

カルボン酸 >> アルコール > アルデヒド >> ケトン

の順になる。カルボン酸がとくに速いのは表面でカルボン酸イオンとプロトンに解離するためであろう。HCOOHの場合、次のように反応すると推定される。

HCOOH -> HCOO-(a) + H+(a)
HCOO-(a) + h+ -> CO2 + H(a)
H+(a) + e- -> H(a)

正孔はマイナス電荷に、電子はプラス電荷に引きつけられるであろうから、反応は効率よく進むことになる。HCOO-がCO2を出して分解しやすいことも反応を速くしている理由であろう。CH3COOHではCO2の他に少量のCH4ができることがある。H(a)は吸着水素原子であり、非常に還元力が強いのでTiO2の格子酸素を還元すると考えられる。ちなみに、Ptを担持したPt/TiO2光触媒では、Ptの助触媒効果によって2H(a)からH2になるので格子酸素は還元されない。なお、TiO2単独ではプロトンをH2に還元する触媒作用はない。
 メタノールの場合には次のように反応するであろう。

CH3OH -> CH3OH(a)
CH3OH(a) + h+ -> CH3O(a) + H+(a)
H+(a) + e- -> H(a)

CH3O(a)はメトキシと呼ばれ固体表面上にできやすい吸着種である。この場合もH(a)が格子酸素と反応する。

8.3.2.有機物の液相光酸化のメカニズム

 水溶液中の有機物を微粒子TiO2によって光酸化する研究が最近、非常に多い。このような系では、気相で酸素が十分にある光酸化反応とは異なり、TiO2の格子酸素による光酸化が先行するメカニズムが主になる可能性が高い。それは、酸素の溶解度が低いこと(0.03)と、有機物の吸着が酸素よりも強いために半導体表面の酸素被覆率が著しく低くなると考えられるからである。CH3OHの光酸化の場合、反応式として書くと次のようになる。

O2 -> O2(容存状態、溶解度低い)
O2(容存状態) -> O2(a) (吸着率低い)
CH3OH(a) + h+ -> CH3O(a) + H+(a)
H+(a) + e- -> H(a)
H(a) + O2(a) -> HO2(a)

CH3OHは酸素よりもTiO2表面に強く吸着するから、表面はほとんどCH3OH(a)で覆われることになる。その結果、正孔はほとんどCH3OH(a)と反応し、一方、電子は生成したH+(a)と反応することになるであろう。生成したH(a)は容易にO2と反応してHO2となる。これはペルヒドロキシラジカルと呼ばれ(ヒドロペルオキシラジカルとも呼ばれる)、均一系反応ではO2-より酸化力が強い活性酸素種であるとされている。したがって、以後はHO2が表面の有機物を酸化する。例えば、

RH(a) + HO2(a) -> R(a) + H2O2(a)

従来、TiO2上ではH2OとO2からH2O2はできないとされてきた。しかし、このように水溶液中、酸素不足の条件下での有機物の光酸化反応ではH2O2ができる可能性があり、実際、できるという報告もある。H2O2もまた酸化反応を起こす。
 以上のように、微粒子TiO2、格子酸素によって酸化されやすい有機物、水溶液中で酸素不足、という条件がそろえば、酸素が光解離して原子状酸素とならなくとも光酸化反応は進行することになる。このメカニズムでは、TiO2上でH2OからOHラジカルが生成することを仮定する必要もなく、分子状酸素の還元のみによって酸化反応が進行する。これまでにこのようなことを考えた人はいないようであるが、現実的でもっとも可能性の高いメカニズムであると考えられる。 

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8.4. H2Oによる光還元と光酸化反応

 金属助触媒がついている半導体上でCOなど無機物のH2Oによる光還元が起こらないことはすでに述べた。H2Oによる光還元と光酸化は同時に起こるか、光還元のときにはO2の生成、光酸化の時にはH2の生成がなければならない。TiO2だけを光触媒としてH2Oによる還元や酸化が起こったという報告はあるが、化学量論が成り立つ実験結果は一つもない。微粒子TiO2でH2Oによるオレフィンの光水素化が起こるという報告がある。この反応は表面水酸基が多ければH2Oがなくても水酸基の水素による水素化が起こることがある。しかし、O2もCO2も生成しない。このような反応は光触媒を含む不均化反応の一種であると考えられ、光触媒反応ではない。一般に有機物の存在下で微粒子TiO2を光照射すると、H2Oが共存していてもTiO2自身の還元が起こるし、中間生成物の表面への蓄積が起こる。したがって、こういう反応は触媒的(catalytic)とは言えない。
 O2による光酸化反応にH2Oが影響を与えるかどうかがしばしば議論になる。H2OからOHラジカルができてこれが酸化反応に関与するという説である。われわれの実験結果ではTiO2上のO2によるアルカン光酸化反応に水蒸気を加えると反応速度はかえって減少する。これは反応物の吸着が水の吸着によって阻害されるためである。酸素同位体を使った実験でもOHラジカルが関与しているという証拠はなにも得られていない。均一系反応ではOHラジカルは活性かもしれないが、固体表面では活性種はまず表面に吸着するはずであるから、これが強い酸化活性種であり得るかどうか疑わしい。また、表面水酸基からOHラジカルができるという説も実験的な証拠がない。

8.5. 酸素同位体交換反応

金属酸化物半導体上で次のようなO2分子間、およびO2−表面水酸基または格子酸素間、O2−H2O間などの酸素同位体交換反応が光によって起こる。

(1)酸素分子間(O2同位体平衡化反応)
  16O2 + 18O2 -> 216O18O 
(2)酸素と表面水酸基の酸素間
  18O2 + S-16OH -> 16O18O + S-18OH (Sは表面を示す)
(3)酸素と金属酸化物の格子酸素間
  18O2 + MO -> 16O18O + M18O (Mは金属を示す)
(4)酸素と水の酸素間
  18O2 + H216O -> 16O18O + H218O

 これらの酸素同位体交換反応は半導体上におけるO2の光励起やO2による光酸化反応のメカニズムを調べるために有用である。まず、O2同位体光平衡化反応が起こることはO2が光照射された半導体上で解離して原子状になっていることを示している。ESRの結果から、O-がまずできて、これがO2と反応してO3-になることにより交換が起こると考えられている。さらに、この反応中にCOや炭化水素を加えると交換反応が完全に止まることから、COや炭化水素の光酸化反応を起こす活性酸素種は、O2同位体交換反応を起こす中間体と同一であると考えられる。すなわち、COが交換反応の中間体を消費(scavenge)するために交換反応が起こらなくなる。中間活性種が同じであるとすると、両反応の収率には相関関係があるはずである。O2同位体平衡化反応とCO酸化反応の速度をいろいろな酸化物半導体試料やメーカーの違うTiO2試料で測定してみると、二つの反応の間には相関関係はあることがわかった。しかしながら、光照射されたTiO2上のO2同位体平衡化反応は一般にCO酸化反応よりもはるかに速く、反応中に加速されることがあるなど奇妙な現象があり、今後のさらなる検討が必要である。
 気相の18O2と酸化物半導体との間の酸素同位体交換反応に表面水酸基が関与していることは、赤外分光による表面水酸基の観測からわかる。しかし、酸化物の格子酸素が交換に関与しているかどうかは、赤外分光ではわからない。最近、酸素欠陥のあるTiO2単結晶表面でO2と格子酸素の同位体交換が暗中でも起こることが報告されている。いろいろな酸化物半導体と18O2との酸素交換速度が測定され、次の序列が得られた。

TiO2 > ZnO > ZrO2 > SnO2 > V2O5 = 0

 金属酸化物半導体による光酸化反応に格子酸素が関与していると言われている。その根拠として、18O2を使った光酸化反応の生成物中に16Oが含まれるという実験結果がある。この結果の解釈として、まず、格子酸素による酸化が起こり、生じた酸素欠陥を気相の酸素が埋めるというメカニズムがある。しかしながら、表面水酸基が多量にある場合、吸着した18Oは表面水酸基の酸素との速い交換反応によってほとんどが16Oになり、これが酸化に使われる結果、16Oを含む生成物ができる可能性もある。したがって、18O2による酸化生成物中に16Oが含まれていたとしても、それが必ずしも格子酸素による酸化を意味するわけではない。
 なお、酸化物の表面水酸基のHとD2Oの水素同位体交換反応、および水酸基中の16OとH218OあるいはC18O2の酸素同位体交換反応は暗中でも容易に起こる。D2と水酸基のHとのH-D交換反応は光照射しても起こらないが、Ptをつけて温度を上げると起こる。この方法で表面水酸基量を定量できる。
 光照射された半導体による18O2とH216Oとの間の酸素同位体交換反応については詳しい研究がない。われわれの結果では、H2Oの圧力が高いときにはまったく交換が起こらず、圧力をほとんどゼロにして、吸着H2Oだけにすると交換が起こるようになる。この結果は、TiO2上にH2Oが多層吸着していると、O2が吸着できないためと見られる。

図18
図18 Au/TiO2上におけるH216Oと18O2との間の酸素
同位体光交換反応。H2O: 28Torr, 18O2: 2Torr。 70分以
降は液体窒素温度でH2OをトラップしたのでH2O圧はほと
んどゼロとなっている。

 Ptなどの金属を付けたTiO2ではH2Oの圧力の高いときにもH2OとO2の間の酸素同位体光交換が起こる。図18にAu/TiO2を用いたときのH216O-18O2光交換反応中の同位体分布を示す。H2O圧の高いときの結果はTiO2単独の場合とまったく異なっている。TiO2単独では交換反応によって16O2 > 18O16Oとなることは絶対になく必ず16O2 < 18O16Oとなるのに対し、16O2 > 18O16Oになっている。70分以降は系の一部を液体窒素温度で冷やしてH2OをトラップしたのでH2O圧がゼロとなり、TiO2単独の場合と同様に、16O2 < 18O16Oとなる方向に交換反応が進んでいる。したがって、金属付きTiO2上におけるH2O-O2間の酸素同位体光交換反応のメカニズムはTiO2単独の場合とは違うことがわかる。
 水蒸気圧が高いとき、Au/TiO2でもTiO2上には水が強吸着して酸素は吸着できないと考えられる。しかし、Au上では水の吸着は弱いので酸素は吸着できる。TiO2が光照射さ


図19 Au/TiO2上における18O2-H216O間の
酸素同位体交換反応の模式図。

れると、電子(e-)はAuに集まり、正孔(h+)は吸着している水と反応する。Au上では水は電子によって還元され吸着水素ができる。

H+ + e- -> H(a)

ちなみに、Auは水素発生触媒としての活性は低いが、H+を還元して吸着水素を作る触媒活性はある。しかし、2H(a) -> H2に対する触媒活性がないためにAu/TiO2は水の光分解はできない。Au上のH(a)は気相の18O2と反応して水になる。

4H(a) + 18O2 -> 2H218O

この反応によってH(a)が消費されると電子が消費されたことになり、一方、正孔は吸着しているH216Oを酸化し16O2を生成することになる。

2H216O + 4h+ -> 16O2 + 4H+

かくして、18O2が減少し16O2が増加することになる。同時に16O18Oが生成するのは18O2とH(a)の反応でH218Oができるためである。すなわち、

H216O + H218O + 4h+ -> 16O18O + 4H+

水蒸気圧が低い場合には、酸素がTiO2上に吸着できるために、酸素間の同位体交換が起こり、H16O18O > 16O2となる。Pt/TiO2でも以上とまったく同様のことが起こる。
 18O2-H216O間の酸素同位体光交換反応は半導体光触媒が水の光分解活性を持つかどうかを簡単に調べることができる。もし、あるPt担持光触媒がこの交換反応に対し、16O216O18Oとなる挙動を示せば、その光触媒は水の光分解をできる能力があると判定される。

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8.6. 光分解反応、光異性化反応、光不均化(メタセシス)反応

 環境汚染物質であるNOxを光触媒によって分解する研究が行われている。Cu、Agなどの酸化物、あるいはTiO2によるNOのN2とO2への光分解が報告されている。このような完全分解が起こることは興味あることであるが、収率はきわめて低い。一般にTiO2単独ではこのような完全光分解は起こらない。空気中ではNOおよびNO2は光触媒上で酸素によって光酸化されてNO3になり、NO3は空気中の水と反応してHNO3になる。NO光酸化のときNH3が共存すると、熱触媒によるアンモニア法脱硝のように、NOがN2にまで還元されることが報告されている。O3の光分解にはAg/TiO2の活性が高いという報告がある。金属酸化物半導体光触媒による有機物のみの光分解反応は、一般に酸化物の光還元が起こるので光触媒活性が持続しない。
 オレフィンの光異性化反応、光メタセシス反応が報告されている。例えば、

これらの反応には金属酸化物半導体を担体(SiO2など)上に高分散した光触媒が使われることが多い。

8.7. 高分散担持金属酸化物の光触媒作用

 絶縁体の担体上に高分散した金属酸化物の電子構造は、バンド構造を持つ半導体結晶とは異なり、完全なバンドを形成していない、分子と固体の中間的電子構造をしていると考えられている。高分散担持金属酸化物の光活性サイトとして、電荷移動励起三重項状態が提案されている。例えば、MoO3/PVG(多孔質バイコールガラス)については次のように表される。

(Mo6+=O2-) + hn -> (Mo5+-O-)* (*は活性化状態、カッコは連続したものの一部であることを示す)

ここで-O-が活性点として反応物を吸着し触媒作用をする。この電荷移動励起三重項状態はこれと反応するものがなく失活するときに発光するとされる。その他、高分散したTiO2,V2O5などについても同様の活性サイトが考えられている。高分散担持金属酸化物はO2による光酸化反応などに高い選択性を示すことがある。
 高分散担持金属酸化物は光照射によって熱触媒になることがある。例えば、NbO5/PVGによるプロピレンのメタセシス反応では、光照射初期には活性がなく次第に活性が上っていく。活性が上った状態で光照射を止めても反応は起こり続ける。エチレンの2量化反応でも同様のことが起こる。これらの事例は、高分散金属酸化物が光によって変化し(おそらく、有機物による光還元と考えられる)、通常の、熱で働く触媒になったことを示している。上のMoO3/PVGなどの場合も、光で生じた活性点の寿命が短いので光触媒反応のように見えるが、活性点上で起こる反応は熱反応である。この点は、電子や正孔が直接、反応に関与する、半導体光触媒とはメカニズムが違っている。したがって、このタイプの光触媒では、水の光分解のような、光エネルギー蓄積型の反応は起こらない。 金属カルボニルを担体につけたもの、例えば、Mo(CO)6/Al2O3はやはり光照射によって熱触媒になる。光によって脱カルボニルがおこり、触媒活性のある配位不飽和サイトができるためである。溶媒中の金属カルボニルでも同様のことが起こり、均一系光触媒反応が起こることが知られている。
 高分散担持金属酸化物を光触媒として用いたときに、光触媒活性を金属酸化物の重量(あるいは金属の原子数)あたりで表すことがある人たちによって行われている。このような光触媒活性の表し方をすると、例えば、0.1wt.%の金属酸化物を担持した光触媒による反応収率が100wt.%のものの1/10になったとしても、光触媒活性は100倍になったと表現される。このような光触媒活性の表し方は、まったくのまやかしであると言わざるを得ない。光触媒反応は光のエネルギーで進むものであるから、光触媒活性は使った光に対する効率(量子収率)で表すべきである。光触媒反応の量子収率が下がっているにもかかわらず、光触媒活性が高くなるような表し方はごまかしである。同様に、光触媒活性を触媒重量あたりで表すのもおかしい(光触媒余談を参照)。

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9.光触媒反応の速度論

 化学反応の速度が温度と圧力(濃度)によってどのように変わるかを研究する分野を反応速度論(Reaction rate theory)という。これはまた反応動力学(Reaction kinetics)とも呼ばれる。熱触媒反応も光触媒反応も固体表面で起こる、すなわち反応物と反応場の相(phase)が異なるので不均一系反応(heterogeneous reaction)とよばれ、その速度論は不均一系反応速度論という。不均一系反応速度論は、理論的な取り扱いが非常に難しく、また実際の速度式(rate equation)も複雑であるのでその発展は著しく遅れている。ここではまず、光の関与しない触媒反応のメカニズムと速度論について考える。

9.1.固体触媒反応のメカニズム

 化学反応は一つの事象によって起こることは珍しく、いくつかの素反応(素過程ともいう、elementary step)から成り立っている。反応がどういう素反応を含んでいるかを正確に調べることは非常に難しいが、固体触媒反応では少なくとも、

(1)反応物の吸着(一つの素反応)
(2)吸着種の表面反応(通常、複数の素反応から成る)
(3)生成物の脱離(一つの素反応)

の三つの過程がある。反応物(reactant)が複数である場合は、過程(2)については次の二つのメカニズムがあるといわれている。

Langmuir-Hinshelwood(L-H)メカニズム

吸着種同士が反応するメカニズムである。
A(a) + B(a) -> C(a)

Rideal-Eley(R-E)メカニズム

気相の反応物と吸着種が反応するメカニズムである。
A(g) + B(a) -> C(a)

この二つのメカニズムについて多くの論争があったが、最近の表面科学的測定によれば、ほとんどの触媒反応はL-Hメカニズムである。以下、L-Hメカニズムの速度論について述べる。

9.2.吸着等温式

 一定温度において反応物の吸着量が圧力(濃度)によってどのように変わるかを表すものが吸着等温線(等温式ともいう、adsorption isotherm)である。吸着等温式にはラングミュア(Langmuir型、フロインドリッヒ(Freundrich)型、BET型など、いくつかのタイプがある。もっとも一般的に使われるラングミュア型を導いてみよう。ここで二つの仮定をする。

(1) 吸着サイトは均質であり吸着の確率は常に同じである(吸着種間の相互作用はない)。
(2) 各吸着サイトには1個の分子のみが吸着する。

圧力をP、吸着速度をv+、脱離速度をv-、表面の被覆率(coverage)をqとすると、

v+ = k+P(1 - q) v- = k- q

k+、k-は速度定数である。吸着は圧力が高いほど速く表面の空いている場所で起こるのでP(1 - q)に比例し、脱離はqに比例する。吸着平衡ではv+ = v-となるので

k+P(1 - q) = k-q
q = k+/k- P/(1 + k+/k-× P) = KP/(1 + KP)

ここでK = k+/k-(吸着平衡定数)である。圧力Pにおける吸着量をn、P→∞の時の吸着量(飽和吸着量)をnとすると、

n/n = q

という関係がある。したがって、

P/n = 1/Kn + P/n

となる。この式はラングミュア直線式と呼ばれる。P、nを測定すればK、nを求めることができる。
 二つの分子AとBが吸着する場合には同じ吸着サイトに吸着すると仮定して、各パラメータに添字A、Bをつけて次のようになる。

v+A = k+APA(1 - qA - qB)      v+B = k+BPB(1 - qA - qB)
v-A = k-A qA               v-B = k-B qB
qA = KAPA/(1 + KAPA + KBPB)   qB = KBPB/(1 + KAPA + KBPB)

なお、分子が解離(分解)吸着する場合には異なる表式になる。これらの吸着式は吸着が物理吸着でも化学吸着でも単分子層吸着であれば適用できる。

9.3.表面反応の速度式

 反応を構成する素反応が直列(シリーズ)につながっていて、その中のある一つの素反応r以外の素反応がすべて平衡になっているとき、素反応rを律速素反応あるいは律速段階(rate determining step)という(なお、素反応が並列になっているときは律速段階の定義はできない)。このような場合、全反応の速度は素反応rの速度に等しい。今、分子AとBが反応するとき、それぞれの吸着種A(a)とB(a)の反応が律速であるとすると、全反応の正方向速度V+は吸着種A(a)とB(a)の被覆率の積に比例する。

V+ = k+rqAqB

ここでk+rは速度定数。ここにLangmuir型の吸着等温式を代入すると、

V+ = k+r KAKBPAPB/(1 + KAPA + KBPB)2

となる。
 もし、AがBよりも吸着力が強いとすると、KA >> KBとなるので上式は次にようになる。

V+ = k+r KAKBPAPB/(1 + KAPA )2

さらに、Aが表面をほとんど覆うような場合は、1 << 2KAPA+(KAPA)2 が成り立つので

V+ = k+rKBPB/(2 + KAPA)

となる。実際の触媒反応の速度式が上のような形の速度式になることはよくある。しかしながら、これをもってラングミュアの吸着等温式が成り立っていると考えるのは「逆は必ずしも真ならず」である。後に述べるように反応メカニズムが違っていても同じ形の速度式になる場合があるので、速度式のみからメカニズムを決めることはできない。さらに、このような形式の速度式をLangmuir型とかLangmuir-Hinshelwood型の速度式(kinetics)と呼ぶ論文があったりするが、L-Hメカニズムの反応がすべて同じ形の速度式になる理由はない。上の式を導いた仮定には、吸着は平衡になっている、吸着種間の相互作用はない、すべての吸着種は同じ吸着サイトに吸着する、吸着種の反応が律速、等々、数多い。多くの触媒反応に同じ仮定が成り立つとするのは不自然であるし、現実味のない仮定も含まれている。実際、吸着等温式がLangmuir型でないものが多くある。また、実際の触媒反応においては、一つの素反応が律速である場合はおそらく少ないであろう。

9.4.触媒反応のメカニズムと速度式

 多くの触媒反応について、反応物の圧力(濃度)を変えて速度式を求めると、

V = kPAPB/(1 + KPB) (kおよびKは定数)

のような形になることが多い。この式は反応がR-Eメカニズムで起こるときの速度式

V+ = k+rPAqB

にBのLangmuir型吸着等温式を代入して導いた速度式と似ている。しかし、このことから「吸着しているBと気相のAが反応するステップが律速である」と結論することはできない。
 ここで注意しなければならないことは、明確な律速段階のない、同じ程度の速度の素反応が複数あるとき(混合律速ともいう)の反応速度論は、まったく研究されていないということである。現在は忘れ去られているが、北大に触媒研究所を設立した故堀内先生の「反応構造論」は、律速段階のない反応の速度式を理論的に導くことができる。今、AとBの反応を取り上げ、簡単にするために二つの素反応が同程度に遅く、他の素反応は平衡にある(十分に速い)場合を考える。遅い一つの素反応の速度はPAに依存し、他はPBに依存するとすると、近似的に

1/V = 1/KAPA + 1/KBPB (KA、KBは定数)
V = KAKBPAPB/(KAPA + KBPB)

となる。これは実測される速度式にかなり似ている。つまり、律速段階のない反応ではどれも似たような速度式になり、どの素反応が遅いかは速度式からはわからないことになる。

9.5.半導体光触媒反応の速度式

 半導体上で起こる光触媒反応の速度式は基本的には固体触媒反応と同じである。しかしながら、光の強度によって律速段階が変わり、その結果、速度式が変る可能性がある。半導体光触媒を駆動するものは光によって生成した電子と正孔であり、電子と正孔の関与する素反応は表面で起こる。したがって、光が弱いときは半導体表面の素反応のいずれかが律速になる。表面では次の過程が起こる。

(1) 電子による還元反応(素反応)
(2) 正孔による酸化反応(素反応)
(3) (1)および(2)の生成物が変化する反応(生成物がすぐに脱離する場合はこの過程はない。また、複数の素反応になる場合もあり得る。いずれも熱反応である。)

光が弱いときは生成する電子や正孔よりも吸着している反応物の方が多いので(1)あるいは(2)が律速になるであろう。光が強くて生成する電子や正孔が吸着種に匹敵する程度になると、(3)あるいは反応物の吸着、生成物の脱離が律速になる可能性がある。しかし、電子や正孔の還元、酸化電位(伝導体および価電子帯の位置)、反応物の還元、酸化電位の関係によっては、光が強くても(1)または(2)が律速である場合があり得る。
 触媒反応の速度式は反応物が触媒に十分に供給されているときに測定されなければならない。しかし、反応器の形態(とくにバッチ式)によっては反応物の供給が触媒反応に追いつかなくなる場合がある。このような状態を拡散律速(diffusion control)という。拡散律速の状態で測定された速度式は拡散の速度式であり、触媒反応の速度式ではない。

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