光触媒講義ノート

リストマーク この講義ノートは、北海道大学大学院地球環境科学研究科物質環境科学専攻で行っていた講義「表面分子動態特論U」の講義ノートに加筆したものです。 

目次   
1.光触媒序論
2.光触媒反応の測定法
3.半導体の光物性
4.半導体と半導体あるいは他物質との接触
5.半導体光電極
6.半導体光触媒
7.不均一系光触媒反応T(光電気化学型反応)
7.1.水の光分解
7.2.犠牲剤水溶液からの光水素発生反応
7.3.犠牲剤水溶液からの光酸素発生反応
7.4.金属の光析出
7.5.水による無機化合物の光還元と光酸化
7.6.有機合成反応への応用
8.不均一系光触媒反応U
8.1.光吸着、光脱離
8.2.光酸化反応
8.2.1.O2による光酸化反応
8.2.2.O2による光酸化反応のメカニズム
8.2.3.酸化反応中にできる活性酸素種
8.3.1.酸化チタンの光励起格子酸素よる酸化反応
8.3.2.有機物の液相光酸化のメカニズム
8.4. H2Oによる光還元と光酸化反応
8.5. 酸素同位体交換反応
8.6. 光分解反応、光異性化反応、光不均化(メタセシス)反応
8.7. 高分散担持金属酸化物の光触媒作用
9. 半導体光触媒反応の速度式
9.1.不均一系(固体)触媒反応のメカニズム
9.2.吸着等温式
9.3.表面反応の速度式
9.4.触媒反応のメカニズムと速度式
9.5.半導体光触媒反応の速度式
10.半導体の光触媒活性を決める因子
10.1.半導体の光吸収と電子−正孔対の生成
10.2.電子−正孔対の分離(電荷分離)
10.3.電子と正孔の関与する反応
10.4.半導体表面の熱反応
10.5.可視光化処理と光触媒活性
11.二酸化チタンの光触媒作用
11.1.TiO2の結晶形
11.2.結晶形による光触媒活性の違い

1.光触媒序論

1.1.光触媒とはなにか

 もっとも単純な光化学反応を化学式で表すと

A + hn ® A*          (1)

A*® P              (2)

となる。ここでAは光を吸収する物質、hnは光(のエネルギー)、A*はAの光励起状態、Pは反応生成物である。Aが光によって変化し、Pになる反応である。ここでAが光吸収せずに他の物質Cが光励起して起こる反応、

C + hn ® C*          (3)

A + C*® P + C         (4)

があったとすると、Cはあたかも触媒のような役割をしたことになるので光触媒と呼ばれる。
 見かけ上、光触媒のように見えても光によって通常の触媒(以下、熱触媒と呼ぶ)ができる、次のような反応もあり得る。

C + hn ® C*          (5)

C*® C'              (6)

A + C' ® P + C'         (7)

ここでC'は熱触媒である。C'の寿命が長ければ光を切っても反応が継続するので熱触媒ができていることが分かるが、寿命が短い場合には(3)-(4)の場合と区別ができない。したがってこのような場合も光触媒と呼ばれることになる。

1.2.光触媒になるもの

 光によって励起状態になり、そのエネルギーを他に与えることができる物質は光触媒になり得る。典型的な光触媒は半導体であり、TiO2のような金属酸化物半導体が多く用いられている。半導体はそのバンドギャップエネルギー以上の光を吸収すると、価電子帯の電子が伝導帯に励起され、価電子帯には正孔ができる。これらの電子と正孔が反応を起こす。半導体上の光触媒反応のような固体上の光触媒反応は光触媒と反応物質との相(phase)が異なるので、熱触媒反応の例にならい、不均一系光触媒反応と呼ばれる。
分子、原子あるいはイオンも光触媒となる。色の付いた金属錯体は光触媒になるものが多い。原子による光触媒反応としては水銀増感反応がある。これらの光触媒による反応は通常、光触媒と反応物質が同じ相になるので均一系光触媒反応と呼ばれる。
 光によって熱触媒ができる例として、金属カルボニル錯体の光分解がある。光脱カルボニルによって配位不飽和な反応中間体ができ、これが熱触媒として働く。

1.3.光触媒反応の例

 半導体上の酸素の光吸着、有機物の光酸化反応などは古くから知られている光触媒反応である。その他、有機物の光分解、光メタセシス、光異性化、光重合など多くの光触媒反応がある。また、光触媒反応を有機合成に応用しようとする試みもある。
 これらの反応はほとんど熱力学的に可能な反応、すなわちギブズ自由エネルギーが減少する((G <0)反応であるが、(G >0になる光触媒反応もある。典型的なものは水を酸素と水素に光分解する反応であり、光のエネルギーが化学エネルギー(水素)として蓄積されることになる。植物の光合成系も一種の光触媒を含む反応系ということができる。
 光触媒反応のメカニズムについては後に述べる。

2.光触媒反応の測定法

 光触媒反応の測定法は光源を除けば熱触媒反応の測定法と同じである。しかし、いくつかの注意すべき相違点もある。

2.1.反応装置

 多くの光触媒反応は液相で行われる。光触媒を入れる反応器は内部の光触媒が光照射される構造になっていなければならない。通常、反応器はガラスで作られるが、パイレックスガラスの場合、330 nmより短波長の光は透過しない。より短波長の光を照射する必要のあるときには石英を使う。反応器の下、横、上あるいは内部から光照射する仕方があるが、いずれにしても入射した光がすべて光触媒に吸収されるようにする。光触媒を懸濁したり、反応の拡散律速をさけるために、スターラーで撹拌する場合もある。
 気相の光触媒反応の場合には均一系熱触媒反応で多く用いられる流通系あるいは閉鎖循環系反応装置がよい。バッチ式反応器は拡散律速になりやすいので勧められない。

2.2.分析装置

 反応生成物の分析には多くの場合、ガスクロマトグラフが用いられる。気相反応の場合には質量分析計が用いられることがある。いずれの場合にも測定する分子によって感度が異なるので、定量分析のためには感度補正が必要である。

2.3.光源

 可視領域の光源にはハロゲンランプ、紫外・可視領域には水銀ランプとXeランプが主に用いられる。光照射によって光触媒が加熱されると、熱触媒反応が起こる場合がある。光触媒が加熱されないように、水フィルターや色ガラスフィルターを用いて熱線を除去する。
 光触媒反応の速度は光触媒の吸収波長領域および光強度(光量)によって異なる。したがって、他のデータと定量的な比較するためには、回折格子分光器で単色化するか、狭いバンドパスフィルターを通すかして、単一波長に近い光を使う必要がある。光量は通常、単位時間あたりの光子数であらわされ、熱電堆(Thermopile)あるいは化学光量計で測定する。さらに、光源の光量は使用にしたがって減少することを常に考慮しなければならない。
 強力な紫外光源を使う場合には紫外光が目に入ったり、人体皮膚に当たらないように注意する。

2.4.光触媒活性の表し方

 上に述べたように、光触媒反応の速度は光量によって変わるから光触媒活性の表し方は熱触媒活性の表し方とは異なる。光量に依存しない表現法は量子収率(収量)である。量子収率jは一般に

j = Nout/Nin          (8)

で与えられる。ここでNinは系に吸収された光子数である。フォトルミネッセンスや光電子放出の場合、Noutは放出された光子あるいは電子数である。一方、光化学反応の場合、Noutは実際に化学変化をおこした分子の数を用いる(理化学辞典第5版による)。通常、Ninを正確に測定することは難しいので、代わりに反応器に入射した光子数を用い、その場合のjを見かけの量子収率と呼ぶことがある。量子収率の測定された光触媒と光触媒反応があれば、これを基準として光触媒活性を表してもよいであろう。
 しかしながら、上に述べた光化学反応の量子収量の定義は、一つの分子が化学変化を起こすのに必要な光子数が1個とは限らないため、混乱を起こすおそれがある。例えば、1個のH2O分子を光分解してH2と1/2O2にするには、光電気化学メカニズムの場合、光子2個を必要とする。したがって、もしすべての光子がH2Oを分解した(効率100%)としても上の定義によればjは0.5にしかならない。筆者は水の光分解の場合、Noutとして生成したH2分子数の2倍をとることにしている。こうすれば効率100%の場合にはjも1になり物理的意味をもつことになる。ただしこのような場合には量子収量の定義を明らかにしておかなくてはならない。
 熱触媒反応は触媒量が多いほど速くなるので熱触媒活性は触媒量(通常、重量)当たりで表す。しかしこれは光触媒には当てはまらない。光触媒反応においても光触媒量をゼロから増やしていくと、触媒量に比例して速度が大きくなる領域がある。これは光触媒が光をすべて吸収していないためであり、光触媒が光をすべて吸収する量になると、反応速度はそれ以上触媒量を増しても大きくならない。したがって、光触媒活性は触媒量に依存しない領域での反応速度を光量当たりで表すのが正しい表し方である。
 光触媒反応の速度は光量に比例するはずであるが、光量を大きくしていくと速度が頭打ちになることがある。これは多くの場合、液相あるいは気相から光触媒表面への反応物質の供給が頭打ちになった、すなわち、拡散律速になったからである。このような場合には、もちろん、光量に比例する領域で光触媒活性を求めなければならない。熱触媒の研究では拡散律速への注意は常識であるが、光触媒では気づかない人がいる。

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3.半導体の光物性

 多くの光触媒は半導体である。ここでは半導体の物性について簡単に説明する。

3.1.半導体とバンド構造

 原子が集合して固体結晶をつくると、個々の原子の電子軌道は無数の分子軌道となりバンドを形成する。図1に示すように、バンドにはエネルギーが低い方から順に価電子(充満)帯、禁制(禁止)帯、伝導帯、空帯がある。価電子帯は電子が充満しており、禁制帯に電子は入ることを許されない。また、伝導帯には電子が隙間を空けて入っており、空帯には電子が入っていない。伝導帯がある物質を金属といい、電気伝導性がある。伝導帯がなく、禁制帯の幅(
図1 金属、絶縁体、半導体のバンド構造 
図1 金属、絶縁体、真性半導体のバンド構造
バンドギャップ)が大きい物質を絶縁体という。価電子帯の電子は完全に詰まっていて身動きできないので電気伝導性がない。バンドギャップの小さい物質は半導体といわれる。バンドギャップエネルギーが室温の電子の熱運動エネルギー程度に小さいと、価電子帯の電子は熱励起されて空帯に上がることができる。空帯に電子が入ると伝導帯になり電気伝導性が生じる。このような半導体を真性半導体という。したがって真性半導体の電気抵抗は、金属とは逆に、温度が高いほど小さくなる。これを利用しているのがサーミスターである。

3.2.ドーピングと不純物半導体

 真性半導体よりもバンドギャップエネルギーの大きい物質も、原子価の異なる原子を微量加える(ドーピングする)ことにより電気伝導性を持たせることができる。例えば、図2に示すように、微量のAsをSiなどに加えるとAsはSiよりも価電子が1個多いので電子を放出してAs+となって格子点にはいる。放出された電子は伝導帯を形成するので半導体となる。このような半導体をn型半導体という。一方、価電子が1個少ないGaをSiに加えると、Siから電子を受け取ってGa-になって格子点に入る。このときSiの
図2 ドーピングによる半導体の作製
図2 不純物ドーピングによる半導体の作製
価電子帯に電子の穴ができ、これを正孔と呼ぶ。正孔が動いても結果的には電子が動いたことと同じなので電気伝導性が生じる。このような半導体をp型半導体という。不純物ドーピングによって作られる半導体を不純物半導体といい、トランジスターなど、電子回路に使われる半導体はすべて不純物半導体である。
 光触媒としてTiO2のような金属酸化物が多く用いられる。TiO2は完全な結晶であるとき電気伝導性がない。すなわち絶縁体である。金属酸化物を真空中あるいは水素気流中で加熱すると還元されて、結晶中に酸素欠陥を生じる。酸素は電気陰性度が高く、電子を引きつける性質があるので、酸素欠陥は電子ドナーと同じ役割を果たすことになる。水素還元して金属酸化物に半導体性を持たせることを「水素ドーピング」と言うことがある。

半導体光電極に用いられる金属酸化物はこのように還元して電気伝導性を持たせたものだ。
 ゾル-ゲル法で作製したTiO2粉末は通常、還元しなくとも光触媒活性を示す。これは微粒子の場合、酸素欠陥が最初からあるためである。また、微粒子の場合には光触媒に導電性がなくても起こる反応がある。TiO2粉末を高温で焼成すると光触媒活性が下がる場合がある。この原因を多くの研究者は表面積の減少に関連づけるが、そうではない。第一、光触媒の活性は熱触媒とは異なり表面積と一義的に関連づけることはできない。高温焼成による活性低下の原因の一つは電気伝導度が低下したためであり、水素還元すると光触媒活性は上がる。市販のTiO2で表面積の小さいもの、とくにルチル型は光触媒活性が低いと言われる。これも電気伝導度が低いためであり、光電気化学型の反応の場合、還元によって活性が高くなる。これについては後に述べる。
 金属酸化物に不純物をドーピングして半導体にする試みも行われているが、加えた不純物も酸化されることになるから、Siの場合のようにはならない。また、加えられる不純物の量はシリコン半導体などに比べて桁違いに多い。必要量以上に加えられた不純物は半導体中に不純物レベルを作り、電子と正孔をトラップして再結合させる役割をする。したがって、光触媒活性は下がることになる。

3.3.半導体の光吸収と光触媒作用

 半導体にバンドギャップ以上のエネルギーを持つ光を照射すると吸収されて、n型半導体の場合、価電子帯の電子が励起されて伝導帯に入る。光のエネルギー、Eは

E = hn = hc/l           (9)

で与えられる。ここでhはPlanckの定数、nは光の振動数、cは光速度、lは光の波長である。定数に数値を入れて整理すると、波長とエネルギーの関係は次式のようになる。

l(nm) = 1,240/E(eV)       (10)

例えば、3.0eVのエネルギーを持つ光の波長は413nmとなる。半導体が吸収する、もっとも低いエネルギーの光の波長を吸収端波長といい、バンドギャップエネルギーに相当する。吸収端波長よりも短い波長の光を半導体が吸収すると、価電子帯の電子は伝導帯の下端より高いエネルギーに励起される。しかし、このような高励起電子(hot electron)は、通常、速やかに伝導帯の下端までエネルギー緩和する。hotelectronが直接、反応に関与する場合があるという報告もあるが確かではない。バンドギャップより高いエネルギーの光を半導体光触媒に照射しても反応に使われるエネルギーはバンドギャップに相当するエネルギー分だけである。
 半導体光触媒に用いられる主な半導体のバンドギャップを表1および2に示す。バンドギャップの値は平均値であり試料によって若干の違いがある。金属酸化物半導体はCu2Oのみがp型であり、他はすべてn型である。

表1 金属酸化物半導体

半導体

バンドギャップ

半導体

バンドギャップ

Fe2O3

2.2

TiO2(rutile)

3.0

Cu2O

2.2

TiO2(anatase)

3.2

In2O3

2.5

SrTiO3

3.2

WO3

2.7

ZnO

<3.3

Fe2TiO3

<2.8

BaTiO3

3.3

PbO

2.8

CaTiO3

3.4

V2O5

2.8

KTaO3

3.5

FeTiO3

2.8

SnO2

3.6

Bi2O3

2.8

ZrO2

5.0

Nb2O3

3.0


2 単体半導体および金属酸化物半導体以外の化合物半導体

(指定のないものはn,p両型あり)

半導体

バンドギャップ

Si

1.1

GaAs

1.4

CdSe, n

1.7

GaP

2.25

CdS, n

2.4

ZnS, n

3.5


 半導体粉末の粒径を小さくしていくと、その電子状態はクラスターに近い電子状態に変わっていく。バンドギャップエネルギーが大きくなり、光吸収端が短波長側にシフト(ブルーシフト、青方遷移)する。これを量子サイズ効果と呼ぶ。このような現象が現れるのは一般に粒径が0.1ミクロン以下になったときであり、そのような粉体を超微粒子という。半導体の粒径とバンドギャップエネルギーの関係はBrusの式で与えられる。しかし、伝導帯と価電子帯が粒径によってどのように変わるかを予測することは難しい。量子サイズ効果によって半導体光触媒の活性の向上や新しい機能が期待されており、半導体超微粒子の研究が盛んに行われている。

3.4.半導体粉末の光吸収スペクトル

 上に述べたように、半導体のバンドギャップエネルギーは光吸収スペクトルを測定すればわかる。半導体粉末の光吸収スペクトルは可視・紫外分光光度計に積分球を取り付け、拡散反射スペクトルを測定して行う。積分球は中空の球で小さな光入射口と出射口があり、その内面に測定波長領域で高い拡散反射率をもつ白色粉末物質が塗布されている。積分球内に測定試料を置いて出射窓から出てくる光の強度変化を検出器で測定し,標準試料と比較することにより相対拡散反射率を測定できる。試料および標準試料の散乱係数が波長によって大きく変わることがない限り、相対拡散反射率から光吸収率を計算して差し支えない。すなわち、クベルカ-ムンクの補正は通常必要ない。

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4.半導体と半導体あるいは他物質との接触

4.1.n-型半導体とp-型半導体の接触

 半導体は他の物質と接触すると、接触した表面の電子構造が変化するという特徴がある。これを利用していろいろな機能性素子を作ることができる。例えば、n-型とp-型の半導体を接触させるとダイオード、トランジスターやその他の半導体素子、太陽電池などを作ることができる。このときpn接合というものが重要な役割をしている。図3はn-型とp-型半導体を接触(pn接合)させたときのバンド構造の変化を図解したものである。接触させると二つの半導体のフェルミ準位は同じ準位になり、その結果、伝導帯と価電子帯は曲がって接続することになる。このpn接合部は空間電荷層と呼ばれ、電場勾配があるためにキャリアー(電子や正孔)はほとんど存在しない。pn接合は整流作用があるのでダイオードとして用いられる。

図3 
図3 p-型とn-型半導体の接触とp-n接合の形成

 さて、空間電荷層とその近辺が光照射されて価電子帯から伝導帯に電子が励起されると、電場勾配のために電子はn-型領域に、正孔はp-型領域に流れることになり起電力が生じる。これがp-n接合太陽電池である。

4.2.半導体と金属の接触

 n-型およびp-型半導体と金属の接触による半導体の電子構造の変化を図4に示す。金属のフェルミ準位がn-型半導体のそれより低く、p-型半導体のそれより高い場合にはフェルミレベルが同じになるように電子移動が起こり、半導体表面の伝導帯と価電子帯に曲がりが生じる。すなわち、空間電荷層ができる。この空間電荷層は整流作用をするのでショットキー障壁(Shottky barrier)と呼ばれる。また、接合面に光照射すると起電力(pn接合より小さい)を生じ太陽電池となる。

図4
図4 半導体と金属の接触による空間電荷層の形成

 なお、このようなショットキー障壁ができるのは半導体および金属の表面が清浄なときに限られる。空気中に放置してあった半導体と金属を接触させてもショットキー障壁ができることはほとんどない。

4.3.半導体と電解質溶液の接触

 半導体と電解質溶液が接触すると、上に述べた半導体と金属との接触と同様のことが起こる。図5にn-型半導体と電解質溶液との接触による空間電荷層の形成を示す。p-型半導体については省略する。このようなショットキー型の障壁ができることは実験により確かめられている。この空間電荷層に光照射して電子-正孔対ができると、電場勾配のために電子はバルク方向へ、正孔は表面へと分離する。このような分離を電荷分離といい、半導体光電極や半導体光触媒で重要な役割を果たす。

図5
図5 n-型半導体と電解質溶液との接触による
空間電荷層の形成と光誘起電子−正孔対の分離

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5.半導体光電極

5.1.半導体光電極セル

 半導体光電極セルには半導体電極と半導体電極、および半導体電極と金属電極の組み合わせがある。ここではn-型半導体電極と

図6
図6 n-型半導体電極と金属対極から
構成される半導体光電極セル

金属電極の組み合わせ(図6)について説明する。図5からわかるように、電解質溶液に接しているn-型半導体の表面には空間電荷層ができているので光照射によってできた電子はバルク(内部)方向へ、正孔は表面に向かう。溶液中に正孔によって酸化される物質(イオン)があると半導体表面で酸化反応が起こる。したがって、n-型半導体電極は光照射下で陽極(anode)として働く。一方、電子は導線を通って対極の金属電極にゆき、溶液中に還元される物質(イオン)があると還元反応(陰極反応)が起こる。なお、このとき半導体と導線の間はオーミック接触でなければならない。また、金属電極には還元触媒活性の高いPtなどが用いられる。反応が起こったかどうかは導線に流れる電流を計ればわかる。

5.2.本多-藤嶋効果

 本多と藤嶋は半導体電極としてTiO2(ルチル型)、金属電極としてPtを用い、TiO2極に紫外光照射すると、TiO2極からO2が、Pt極からH2が発生することを見いだした。このときPt電極に-0.5V程度の外部バイアス電圧をかける必要があったが、水の理論電解電圧1.23Vよりもはるかに低い電圧で水がH2とO2に分解されることがわかった。このメカニズムを図7に示す。TiO2表面ではOH-の酸化が起こり、O2が生成する。電子は空間電荷層の電位勾配によってTiO2内部に拡散し、導線を通ってPt極でH+を還元してH2を生成する。

図7
図7 TiO2光電極による水の光分解
 −本多・藤嶋効果−

 H2O -> H2 + 1/2O2という反応は自由エネルギーが正の反応であり、室温で自然に(熱力学的に)は起こらない。したがって、この結果は光エネルギーによって水の分解が起こったことを意味し、光エネルギーが水素という形で化学エネルギーに変換されたことになる。この現象は本多-藤嶋効果と呼ばれている。この発見後、第一次オイルショックが起こり、光エネルギーの利用法として注目を集めた。また、SrTiO3を電極とするとバイアス電圧なしで水の光分解が起こることがその後わかった。

5.3.伝導帯、価電子帯の位置と酸化還元電位

 それでは上記の水の光分解(光電解ということもある)においてなぜTiO2電極ではバイアスを必要とし、SrTiO3電極では必要としないのであろうか。これは半導体の伝導帯、価電子帯の位置と電極反応の酸化還元電位との関係によって決まる。半導体中に生じる電子と正孔のエネルギー(ポテンシャル)はバンドギャップエネルギーとは関係なく、その(絶対的な)エネルギーに見合う還元あるいは酸化能力しか持たないのである。光電極や光触媒に用いられる半導体の伝導帯の下端および価電子帯の上端のエネルギーと水の酸化・還元電位との関係を図8に示す。

図8
図8 半導体のバンド構造と水の酸化・還元電位

 図8を見るとTiO2の伝導帯の下端は水からの水素発生電位の少し上(負電位側)にあるのに対し、SrTiO3のそれはより負側にあることがわかる。電極に水素発生(水の還元)電位を与えてもH+とH2が平衡になるだけで水素は生成しない。この電位より負の電位を与えて初めて水素が生成する。平衡電位より余分に与える電圧のことを過電圧といい、その大きさは電極の触媒活性によって変わる。すなわち、触媒活性の高い電極ほど低い過電圧で水素を生成する。Ptは水素発生に高い触媒活性を示すが、TiO2の光誘起電子による過電圧では水素は発生しないと考えられる。それに比べてSrTiO3は十分な過電圧を与えることができるのでバイアスなしでも水の光分解ができることになる。一方、TiO2やSrTiO3の価電子帯上部と酸素発生電位との差は1.5V以上あり、水の酸化に対し過電圧は1.5V以上かかることになるので触媒活性の低い電極でも酸素は生成する。
 以上からわかるように、半導体光電極による水の光分解は半導体のバンドギャップエネルギーが水の分解エネルギー(1.23V)より大きいだけでは不十分であり、その伝導帯下端と価電子帯上端が水の還元と酸化電位を挟むような位置になければならない。例えば、GaPとWO3はバンドギャップは水の分解エネルギーより十分大きいが、前者は酸素を、後者は水素を生成することができないのでバイアスなしには水の光分解はできない。

5.4.光化学ダイオード

 半導体光電極(電気化学)セルで外部バイアスが必要ない場合、二つの電極を離しておく必要がないのでくっつけてしまうことが考えられる。このような素子をNozikは光化学ダイオードと名付けた。半導体と金属をつないだものをショットキー型と呼んでいるが、その界面にショットキー障壁ができると電子が金属に移行できなくなるからショットキー障壁ができないようにしなければならない。ショットキー型の障壁は溶液に接している半導体表面にできる。また、p-型とn-型半導体をつないだものをp-n型光化学ダイオードというが、この場合も半導体-半導体界面に空間電荷層ができないようにしなければならない。

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6.半導体光触媒

6.1.金属付き半導体粉末

 半導体粉末にPtなどの金属を付着させたものが半導体光触媒としてしばしば使われる。このタイプの光触媒はショットキー型の光化学ダイオードを小さくしたものと同等なのでマイクロ光電気化学セルと呼ばれることがある。

図9
図9 金属付き半導体粉末光触媒の模式図

 図9のような絵が多くの論文や教科書に描かれている。光照射によって生成した電子(e)はPtに移行して還元反応を起こし、正孔(h)は半導体表面で酸化反応を起こすことを示している。このタイプの光触媒は1977年頃から研究されはじめ、当初から半導体光電極セルと同様の機能が期待されていた。実際、実験結果もそれを裏付けている。電極間でイオンが移動するために電解質が必要な光電極セルと異なり、このタイプの光触媒は電解質が無くても働く。これは金属と半導体間の距離がきわめて短く、電解質が無くともイオンが移動できるためである。しかしながら、電解質を加えれば反応が速くなる(活性が高くなる)ことは十分期待できる。
 付着させる金属は助触媒ともいわれ、n-型半導体の場合、還元触媒として機能するものであれば何でも良い。さらに酸化触媒をつければ活性が上がるだろうという期待からPtと一緒にRuO2が使われる場合があるが、この考えはおそらく間違っている。RuO2は導電性の酸化物であり還元触媒としても働く。これがたとえ酸化触媒として働くとしても、Ptと共存する場合、電子はRuO2にも行くことになる。一方、n-型半導体の正孔はほとんど動かない(minority carrierといわれる)ので、これがRuO2に移行することはほとんどあり得ない。もしRuO2添加によって光触媒活性が上がったとすれば、それはRuO2が還元触媒として作用した結果である。

6.2.半導体粉末

 より古くから光触媒として知られていたのは、金属などをつけない、純粋な半導体粉末である。酸素の光吸着、酸素による光酸化反応など、主に気相反応が研究されていた。半導体粉末のみを光触媒としたときのメカニズム、すなわち電子と正孔がどのように反応に関わっているか、は金属付き半導体光触媒の場合のように鮮明ではない。このタイプの光触媒は一般に次のような特徴がある。(1)光触媒活性は金属付き半導体光触媒に比べて著しく低い。(2)光触媒活性は微粒子になるほど大きい。これを熱触媒のアナロジーから光触媒活性が表面積に比例することによると解釈するのは疑問である。半導体表面の光触媒性質が粒径によって変化すると考えるべきである。詳しくは「光触媒研究余談」を参照のこと。(3)光触媒活性が、金属付き半導体と異なり、キャリヤー濃度に依存しない(TiO2の場合、水素還元しても活性変化がない)。(4)光酸化能は大きいが光還元能は著しく低い。(5)水の光分解のような光エネルギー蓄積型(自由エネルギーが正)の反応は起こらない。起こったという報告はあるがすべて再現性に乏しい。個々の反応のメカニズムについては後に考察する。
 異なる半導体を混合すると単独の半導体では見られない光触媒性質を示すことがある。これは一つの半導体が他の半導体の助触媒のような役割をするためと考えられる。二つの半導体を混合してもその中間の性質(例えば、バンドギャップエネルギー)を示すことはない。半導体の物性は加成性もない。
 熱触媒では触媒を担体に担持、分散して用いることが多い。光触媒でも半導体をSiO2やPVG(多孔質バイコールガラス)に担持することが行われることがある。このようにして分散された半導体は超微粒子よりも小さくなる場合もあり、電子構造は結晶とは異なっている。したがって、光照射によって電子と正孔が生成しているかどうかも定かでなく、金属錯体における電子励起と似たようなものである可能性もある。

6.3.半導体薄膜

 半導体光触媒を実用化する場合、粉体は取り扱いに不便であるから薄膜にして用いることが多い。TiO2薄膜はほとんど透明であるから、ガラスにコートすることによりセルフクリーニングガラスにすることができる。また、金属や伝導性物質を基板として半導体薄膜を作製すれば半導体光電極としても使える。色素増感太陽電池の電極としてTiO2薄膜が用いられている。高い光触媒活性を示す半導体薄膜は連続膜のように見えても微粒子半導体の集合である。

6.4.金属酸化物半導体と表面水酸基

 金属酸化物の表面は水酸(OH)基で覆われていると考えられ、光触媒反応にも表面水酸基が関与しているとしばしば言われる。表面水酸基によって光還元が起こる、光酸化が起こる、あるいはOHラジカルができる、等々である。また、微粒子金属酸化物半導体を高温焼成すると表面水酸基濃度は減少すると一般に信じられている。しかしながら、半導体光触媒上の水酸基量を実際に測定した研究者は皆無に近く、水酸基の反応への関与は推測で議論されているにすぎない。金属酸化物を空気中に放置しておくと水が吸着する。室温で真空排気して脱離するものは物理吸着している水である。約120℃以下の加熱で脱離するものは表面(あるいは表面水酸基)と水素結合していた水と考えられる。これらは区別して考えられるべきである。
 表面水酸基量をNaの吸着量で測定する方法があるが、真に水酸基量を測定しているという根拠は希薄である。表面水酸基の水素はD2Oと容易にH-D交換する。また、D2とも高温でH-D交換し、この反応はPtによって促進される。筆者らは後者のH-D交換反応を利用して様々なTiO2試料の表面水酸基量とその焼成温度による変化を測定した。その結果、表面積が同じであれば表面水酸基量はどの試料でもそれほど変わらないことがわかった。また、焼成によって水酸基量は減少するが同時に表面積が減少しているので密度はほとんど変わらないこともわかった。表面水酸基の光触媒反応への関与を議論する前に、実験による検証が求められよう。

6.5.半導体光触媒の作製法

 市販の半導体粉末は不純物を含んでいることがあるので光触媒研究のためには自作することが望ましい。以下、よく用いられる半導体粉末の調製法を簡単に紹介しておく。詳細は文献を見ていただきたい。

TiO2(アナタース、anatase型)
Tiの硫酸塩、塩化物、アルコキシドを加水分解する。純度の高いものはアルコキシドから作る。
TiO2(ブルッカイト、brookite型)
この結晶型は天然には産しないが、TiCl3を酢酸ナトリウム水溶液中、90℃で酸化加水分解して得られる。
TiO2(ルチル、rutile型)
anataseとbrookite型のTiO2は低温でのみ安定であり、高温にするとrutile型になる。微粒子のrutile型TiO2を作るにはTiCl4をHCl水溶液で加水分解する。ただし、非常に小さな微粒子であるので通常の方法では濾過、洗浄するのが難しいためHClが残る。
チタン酸塩、ニオブ酸塩、タンタル酸塩など
複数の金属を含む酸化物半導体の調製は多くの場合、構成元素の塩を混合、融解して調製する。
硫化物半導体(CdS、ZnSなど)
金属塩化物水溶液にH2Sガスを吹き込んで反応させる。
半導体薄膜
半導体のゾルを原料としてこれに基板をディップしてコーティングする、スピンコーティングする、噴霧する、などの方法、CVD(chemical vapor deposition)法などがある。いずれも極薄膜を積層させていく。電気化学的に付着させる方法も行われている。
半導体粉末への金属担持法
担体付き金属触媒の調製法と同じでよい。すなわち、金属塩の水溶液に半導体を浸漬し、乾燥後、水素還元する。Pt、Pd、Rhのように還元電位の低いイオンの金属は光電着(電析)法が用いられる。

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