光触媒研究余談
−言いたい放題−
 
 光触媒の研究をしていると、不思議なことに出会う。光触媒そのものが不思議である場合もあるが、多くは光触媒の研究内容についてである。どのような不思議があるか、いくつか紹介したい。
目次
酸素が消える?
単位重量あたりの光触媒活性
酸化チタンの過酸化物
P-25は最高活性か?
環境光触媒
研究のオリジナリティー 
3万度の燃焼反応
 OHラジカル信仰
 光化学増感剤と光触媒
 実験データの読み方

酸素が消える?

 化学式の左辺と右辺の原子の数は等しい。例えば、一酸化炭素の酸化反応

2CO + O2 = 2CO2

の場合、両辺の炭素と酸素原子の数は等しい。要するに質量保存則(熱力学第一法則)であり、難しい言葉を抜きにすれば中学生でも知っていることだ。
 酸化チタンなどの光触媒を使って水を光分解することができる。すなわち、

2H2O + hn = 2H2 + O2
(nはギリシャ文字のニュウの代用で光子の振動数を表す)

という反応が起こる。生成する水素と酸素の比は2:1(量論比)でなければならない。この反応は光エネルギーが化学エネルギーに変換される反応なので非常に重要であり、いろいろな光触媒を使って多くの研究が行われてきた。
 ところが、水の光分解を報告している論文の中には、水素と酸素の比が
2:1にならないものや酸素がまったくできないものが相当数ある。化学量論が成り立っていないのだ。これらの論文はレフリー(審査員)の査読を通った論文なのである。熱触媒の研究では化学量論が成立しない反応の研究は、誰にも相手にされないだろう。光触媒の研究では化学量論が無視されるとは実に不思議なことだ。
 さらに、炭酸ガスを水で光還元しようとする研究がある。これはまさに光合成であり、光化学研究者の夢でもある。いろいろな生成物が報告されているが、簡単な例としてメタンができる反応をとると、

CO2 + 2H2O + hn = CH4 + 2O 2
(nはギリシャ文字のニュウの代用で光子の振動数を表す)

となり、酸素ができなくてはならない。しかし、酸素の生成を報告した論文は、筆者の知っている限りではまったくない。
 実は筆者も光触媒の研究を始めた初期にこの反応を試みたことがある。実際にCH4ができて驚いたが、酸素はできなかった。こういうときに、CH4原料のCO2からできたかどうかを調べる常套手段として同位体ラベル法がある。同位体の13CO2を用いて反応を行い13CH4ができれば、CO2からCH4ができた証明になる。早速、13CO2を使う実験をしてみたが、13CH4はまったくできず12CH4だけができた。結局、この場合、光触媒中にある有機物が分解してメタンができることがわかった。
 爾来、筆者は
CO2H2Oによる光還元反応の実験結果について、(1)酸素ができること、(2)同位体ラベル法で確認すること、を踏み絵としてきた。残念ながらこの基準を満足しない報告が後を絶たない。ちなみに、D2Oを用いてメタン中にDが入ることを見る実験は信頼性が薄い。なぜなら、光触媒中の有機物とD2Oの間でH-D交換反応が起こることがあるからである。水による光還元としては、この他、窒素がアンモニアになる反応が報告されている。やはり酸素の生成は確認されていない。
 上記の二つの基準をクリアーして酸素の生成する反応が起こったとしても、なおかつ不思議は残る。それは、通常、同じ光触媒によって生成物のメタンやアンモニアなどが酸素によって速やかに光酸化されるからである。光還元だけが起きて光酸化が起こらない光触媒ができればすばらしいが、まだ見たことがない。例外は植物の光合成(炭酸同化作用)系である。この系では水からできた酸素は初期の段階で空気中に放出されてしまう。実に合理的、巧妙にして精緻なメカニズムである。
 さて、酸素が消える不思議がどうして起こるのか、また、この不思議なことを報告する論文がなぜ出版されるのかについては別の機会に述べたい。
単位重量あたりの光触媒活性
 熱触媒反応は触媒量が多ければ多いほど速くなる。したがって、触媒活性は通常、単位重量あたりで表わされる。光触媒反応についてはどうであろうか。光触媒の量がごく少ないうちは、図1に示すように、反応速度が光触媒量の増加とともに増加する領域Aがある。
図1 光触媒の重量と反応速度
これは光触媒が入射した光をすべて吸収できないからである。しかし、入射した光をすべて吸収できるほど光触媒量が多くなると、それ以上光触媒量を増しても反応速度が大きくならない領域Bとなる。
 
光触媒活性を単位重量あたりで表すと明らかにおかしなことになる。領域Aで測定した光触媒活性と領域Bで測定した光触媒活性は異なることになる。当然ながら多くの研究者は光触媒活性を単位重量あたりで表わすことはしない。光触媒量に依らない領域Bの反応速度をそのまま使うか、それを入射光量あたりにした値(量子収率)を使う。ところがごく少数の研究者は重量あたりの光触媒活性を用い、しかもそれを記述した論文が出版されるのである。まったく汎用性のない単位が通用するとは実に不思議なことだ。光触媒量を必ず同じにして比較している分にはなにも支障はないかもしれないが、それならば何も光触媒量あたりに換算する必要もない。
 似たようなことに表面積あたりの触媒活性がある。熱触媒反応の起こる活性点は同じ触媒量であるならば一般に表面積が大きいほど多い。したがって、表面積あるいは活性点あたりの触媒活性は意味があるし、合理的な表わし方である。これを光触媒に適用できるかどうかは議論のあるところである。しかし、少なくとも“光触媒の表面積が大きいほど反応は速い”ということは自明の理ではない。光触媒反応が活性点で起こり、表面積が大きいほど全体の活性点の数が多くなるとしても、すべての活性点に光があたるわけではない。(1)表面積あたりの活性点の数および反応物の吸着量は変化しない、(2)表面積によって活性点の活性は変化しない、(3)反応速度は光量に比例する、という三つの前提があれば、“光触媒反応の速度は光触媒の表面積に依存しない”という結論を導くことができる。
 ゾル−ゲル法で作製したアナタース型酸化チタンは微粒子であり、表面積が非常に大きい。これを焼成すると粒子が焼結して表面積が小さくなる。このような酸化チタンを光触媒として一酸化炭素やアルカンの酸素による光酸化反応を行うと、表面積の大きい試料の方が活性が高い。酸素による光酸化反応は、表面の格子欠陥および配位不飽和なサイトを活性点として起こると考えられる。表面積あたりのこれらの活性点の数は微粒子ほど多い。したがって、光触媒活性が表面積に依存しているように見えても、活性点の密度および性質が焼成温度によって変化しているのだ。
酸化チタンの過酸化物
 光触媒による水の光分解を標榜しながら酸素が発生しない研究がかなり多くある。詐欺とは言えないまでも看板に偽りありだ。水の光分解とは称さないが、酸化チタンから水素だけができることが時々ある。多くの場合、その原因は過酸化水素とか酸化チタンの過酸化物の生成にかこつけられる。しかし、これらの生成を実験的に証明したものはなく、すべて推測である。過酸化水素の検出は簡単にできるのでそれができないことはわかったが、酸化チタンの過酸化物は未だに論文に登場する。例えば、(Ti2O5)(TiO2)2などというものである。5価のチタンができていることになるが、かようなものは学界で認められていない。
 水中での光照射で大量に水素が生成するという酸化チタンは、P-25という商品のごく一部に限られている。P-25を使って光水素発生の研究をしていたスペインの研究者から、筆者はかつてサンプルを送ってもらい、調べたことがある。その結果、そのサンプルには拡散ポンプのオイルのようなものが含まれていることがわかった。白金つき酸化チタンの光酸化力は非常に強力なので、このような酸化されにくい物質でも水による酸化が容易に起こって水素が生成する。
 この結果をサンプルを送ってくれた人に手紙で知らせたが結局、無視されてしまった。最近、国内でもP-25を使って水素が出るという発表をしている人がいたので、またサンプルを送ってもらった。調べてみるとやはり何か油状のものが入っていたのでその人に知らせた。その人はその後、DMFでP-25を洗浄し高温で乾燥させた後でもなお水素が生成するので不純物のためではないと考え、酸化チタンの過酸化物の生成を結論した。しかし、この研究では用いたP-25が純粋であることを証明していないし、過酸化物の生成を直接、証明するデータもない。それより前に、他のP-25サンプルや他のメーカーの酸化チタンでは水素がほとんどできないことをどう考えているのだろうか。奇妙だと思わないのか、それとも奇妙だから発表するのか。
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P-25は最高活性か?
 P-25というのはDegussa社がAEROSIL法(塩化物の高温(火炎)加水分解法)で製造している酸化チタン粉末の名称である。わが国でも日本アエロジル(株)が販売している。P-25は一次粒子の粒径が小さく(平均30nm)、したがって表面積も大きい(約50m2/g)。結晶型は主としてアナタース(約70 %)であるが、ルチルも混じっている。比較的、高温で作製されるため微粒子であっても結晶性は高い。P-25は多くの光触媒反応に高い活性を示すので標準試料として用いられることもある。
 しかしながら、多くの酸化チタン試料の中でどの光触媒反応に対してもP-25が最高の光触媒活性を示すわけではない。P-25が比較的高い活性を示すのは、酸素による光酸化反応など、酸化チタンをそのまま用いた時である。その場合にも、P-25より表面積が大きい(粒径の小さい)酸化チタン試料の方が光触媒活性が一般に高い。
 Ptなどを付けた"金属つき(担持)酸化チタン光触媒"の場合、P-25はアルコール水溶液からの光水素生成反応に高い活性を示すが、これとても最高活性であるわけではなく、他にもっと活性な酸化チタン試料がある。そもそも半導体による光触媒反応には、少なくとも二つの反応メカニズムがあり、その両者に最適な光触媒はあり得ないと考えられる。ところがP-25を最高活性の酸化チタンと信じ込んでいるのか、P-25より高い光触媒活性を持つ酸化チタンを作ると、"超"高活性な酸化チタンを作ったなどと宣伝する人がいたりする。さらに、先にも述べたように、P-25にはその製造法に起因すると思われる不純物が入っている場合がある。たまたまそのようなP-25試料で実験すると、光触媒以外でも奇妙な結果が得られることがある。いろいろな意味でアクティビティーの高い酸化チタンではある。
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環境光触媒
 環境汚染物質を除去あるいは浄化する触媒は、自動車や工場の排ガス浄化などに大きな役割を果たしている。光触媒もまた環境触媒として期待されている。空気清浄機の中に組み込まれて使われたり、その他の応用も考えられている。その一つとして大気中の窒素酸化物(NOx)の除去がある。酸化チタンを光触媒とすればNOxを酸化して除去できるので、建物や道路に酸化チタンを塗布すれば、大気中のNOxが軽減されるというものである。
 しかしながら、大気中に拡散したNOxは非常にエントロピーの増大した状態であり、これを除去するのためには膨大なエネルギーが必要なことは熱力学から明らかだ。せいぜい光触媒周辺のNOx濃度を少し下げる程度のことしかできないであろう。シミュレーションのよると、道路に高い側壁を作ってNOxの拡散を防ぎ(これにもコストがかかる)、光触媒の効率を100%としても、NOx除去率は10%以下だそうである。自動車排ガス浄化触媒は、発生源で使われるから有効なのであり、大気中に出てしまったものを除去しようとしても、効率のよい除去は無理である。
 現在、NOxの発生源は主としてジーゼル車である。これまでジーゼルエンジン用の排ガス浄化触媒は市販されていなかったが、最近の研究によりジーゼル車用の触媒も開発されている。ガソリン車用の触媒より経費がかかるので流通経済に影響を与えるというが、触媒を使うしか方法がないのだ。無駄な公共事業に税金を使わないで、こういうところに使ってはどうか。ジーゼル排ガス中の炭素パティキュレートには肺ガンを起こす物質も含まれており、こちらの方の対策のためにも自動車排ガス浄化触媒は必要だ。
 地球温暖化の原因として炭酸ガスの増加が考えられており、炭酸ガスを削減する研究も盛んである。炭酸ガスは石油エネルギーを使えば必ず排出される。原子力発電といえどもウランの採掘、運搬や施設の建設には石油エネルギーが使われるのだから、決して炭酸ガスを排出していないわけではない。しかも、使用済み核燃料や原発の廃炉処分にどれだけ膨大なエネルギーが必要か、想像もつかない。
 炭酸ガスを他の物質、例えばメタンに変換する研究も行われている。しかし、この反応には通常、水素が必要である。炭酸ガスを削減するために同程度の炭酸ガスを排出するのでは意味がない。光触媒を使って水と反応させる研究がされているが、きわめて収率が低く、本当に反応が起こっているという証明すらない。このような研究に多額の研究費をかけていったい何のためになるのか。
研究のオリジナリティー
 日本にはオリジナリティーのある科学研究が少ないと言われる。確かにその傾向があり、その原因はオリジナリティーが評価されないためだと思われる。日本でもっとも簡単に研究費を得る方法は外国で発見されたことをいち早く研究する(本邦初演と言われる)ことであると言われる。誰もしていない研究をしていても研究費は来ない。
 しかし、国内の独創的な研究が外国で評価されると、途端に皆が飛びついて研究を始める。今では有名な「本多−藤嶋効果」もそうであった。最初に日本化学会誌に発表されたときは見向きもされなかったが、Natureに掲載された論文が外国で評価されると、たちまち半導体光電極の研究が盛んになった。その後は順調に発展して、今日の光触媒研究の隆盛となったのである。
 研究のオリジナリティーが重要であると考えるならば、他人のオリジナリティーを尊重すべきであろう。すでに発表されている事柄を新たに発見したと報告するのは道義にも反している。単に知らなかったではすまされない。筆者はPt/TiO2粉末光触媒によって水の光分解が起こることを見つけたとき、それが本多−藤嶋効果にもとづくものであるとしても、粉末光触媒系では初めての結果であると思った。しかし、念のため過去の論文を検索してみると同じような論文があったのである。その論文は旧ソビエトのもので、わずか半ページの短いものであった。しかもその実験結果は論文に書かれている条件下ではまったく再現しなかった。それでも筆者はその論文を無視せずに引用した。
 今年、某自動車会社の中央研究所から、窒素をドープしたTiO2が可視光でも光触媒活性があるという報告が出された。(Science, 293, 269(2001)) しかしながら、同様のことは筆者が15年前に発見して報告している。(Chem. Phys. Lett., 123, 126(1986)) Scienceの論文は筆者の論文よりいろいろな測定をしており、可視光化のメカニズムをも考察した優れたものであるが、筆者の論文を引用もしていないのは如何なものかと思う。
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3万度の燃焼反応
 先日の朝日新聞夕刊に光触媒の記事が出ており、その中で「光触媒は、チタンなどの金属の酸化物が使われている。紫外線を吸収すると、電子が激しく運動し、外から電子を引き込んで、3万度以上の燃焼反応にも相当する酸化反応が起こる。」と解説されていた。「電子が激しく運動し、外から電子を引き込んで」というのもわけが分からないが、「3万度以上の燃焼反応にも相当する酸化反応」というのはまったくおかしい。おそらく、吸収する光のエネルギーを熱エネルギーに換算すると3万度以上になり、その結果起こる光酸化反応は強力である、と誰かが言ったことを鵜呑みにして書いたものであろう。
  しかし、分子が光吸収する光化学反応ならばこの比喩はまんざらわからないでもない(
)が、光触媒の場合には、吸収した光のエネルギーがそのまま使われるわけではない。光触媒による光酸化反応ではまず、酸素が電子と正孔と反応して酸素原子になり、これが反応物を酸化する。酸素原子の活性は熱エネルギーで作ろうと、光エネルギー(で作られた電子と正孔)で作ろうと違いはない。白金などの金属触媒を使えば、室温でも酸素原子を作ることができる。すなわち、酸素原子を作るためにそれほどのエネルギーは必要でない。熱触媒によって室温の酸化反応が起こりにくいのは、反応生成物(主に一酸化炭素)の阻害作用のためなのである(触媒入門参照)。一方、光触媒では一酸化炭素はほとんど吸着しないから、酸素の吸着は阻害されることはなく、光酸化反応が効率よく起こる。光によって特別な活性の高い酸素種ができるわけではない。
  そもそも3万度の燃焼反応では、酸素も酸化される物質も高温のためにバラバラになったプラズマ状態になっているはずである。こういうものと光触媒反応とでは比較にならない。最近、「社会に役に立つ研究」だとか、「競争原理の導入」とか言われるようになり、 大学の研究も役に立つことを強調するようになってきた。それ自体は必ずしも悪くはないのだが、役に立たないこと(例えば、炭酸ガスの水による光還元、大気中のNOx浄化)まで役に立つと強弁したり、普通のことを大げさに表現したり、大ボラを吹いたりする風潮が目立ってきた。
 それをマスコミが取り上げて宣伝するから、誠実なる読者はこれを本当だと信じてしまうことになる。結局、大学の研究者が研究費が欲しいために文部科学省を騙そうと思って吹いたホラによって国民が騙される結果になっている。役人にとってはマスコミに載ること自体が重要であり、その内容はどうでもよいのだ。「役に立たない」と思われていた研究が、後世、役に立った例は沢山ある。目先のことだけしか見えない人たちには理解できないことなのだろう。

)温度というものは分子一つひとつについては定義できない状態量であるから、熱力学的にはこれも間違いである。

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OHラジカル信仰

 最近の光触媒の一般向け解説本やインターネットの光触媒のページに酸化チタンの光酸化力を説明する、図2のようなメカニズムを見かける。このメカニズムを反応式で書くと

O2 + e- → O2-
H2O + h+ → ・OH + H+

図2 インターネットで見かける光触媒のメカニズム
光触媒のメカニズム
となる。O2-はスーパーオキシドイオン、・OHはヒドロキシ(OH)ラジカルといわれるものであり、強力な酸化力を持つ活性酸素種であると一部の人たちは信じている。
 しかしながら、酸化チタンは酸素さえあれば水がなくても強い光酸化力を示すから、OHラジカルはなくてもよいことになる。上のメカニズムでは水がないときに正孔(h+)が反応する相手がいない。この変なメカニズムが見られるようになったのは、1995年に書かれたある総説以来のことだ。それ以前はこれほど単純なメカニズムを書いた光触媒の総説はない。
 水がないときには正孔はO2-と反応して吸着酸素原子ができ、さらに吸着酸素原子は電子と反応してO-になると考えられている。

O2- + h+ → 2O(a)
O(a) + e- → O-(a)

 この場合の電子は光誘起電子とは限らず触媒からの電子移行もある。酸素原子は通常の触媒反応では最も酸化力の強い活性酸素種であり、液体窒素温度(77K)でも酸化力がある。もちろん、O2-やOHラジカルより酸化力が強い。例えば、O2-やOHラジカルは一酸化炭素を酸化できないが酸素原子はできる。O-はESRによって検出されているし、酸化チタン上で酸素が光解離して酸素原子になっていることは、酸素同位体交換反応からもわかる。
 一方、ESRによってOHラジカルは直接的には検出されず、スピントラッピング剤を使った間接法でしか検出されていない。ところがスピントラッピング剤は有機物であるから、酸素原子ができれば酸化されてしまう。そのとき、酸素原子が水素を引き抜けばOHラジカルができる。したがって、直接法で検出しない限りOHラジカルの存在を証明したことにはならない。活性酸素種は固体表面に吸着すると反応性が変わる。また、OHラジカルはTiO2に吸着すると、著しく酸化力が下がることがわかっている。
 OHラジカルはフェントン反応

H2O2 + Fe2+ → Fe3+ + HO- + ・OH

によって簡単につくることができる。こうしてつくったOHラジカルを一酸化炭素に触れさせても、またそこに酸化チタンを共存させても、反応は起こらない。すなわち、OHラジカルは一酸化炭素を酸化できないから、酸素原子より酸化力が弱いことがわかる。
 これほどOHラジカルに対するマイナス材料がありながら、OHラジカルが最も酸化力の高い活性酸素であると主張し続ける人たちがいる。これはもう宗教的な信仰というよりほかない。

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光化学増感剤と光触媒

 光化学反応には、二つのタイプがある。一つは、反応物が光を吸収して励起し、反応が起こる。たとえば、地球の成層圏では、酸素分子が太陽光の紫外線によって分解して原子状酸素ができ、これが酸素分子と結合してオゾンができる反応が起こっている。この場合、酸素分子の光解離が光化学反応だ。
 もう一つは、光化学増感というものだ。反応物(基質)以外の物質が光吸収して励起し、この励起エネルギーまたは励起電子を反応物に与えて反応が起こる。たとえば、水銀原子は波長253nmの光で励起し、水素分子を水素原子に解離する。光化学増感を起こす物質を光化学増感剤(sensitizer)という。重要なことは、反応物も生成物も増感剤に結合していないということだ。反応中間体は、一時的に増感剤に結合したとしても、すぐにフリーになると考えられている。
 最近、この光化学増感剤と固体光触媒が混同されている。
 固体の光触媒で起こる反応は、反応物が光触媒表面に吸着して反応し、生成物となって脱離する。途中にできる反応中間体は、すべて吸着していて、表面から飛び出すことはない。
 固体表面への吸着は一種の化学反応であり、吸着種は一種の反応生成物だ。吸着すれば必ずエネルギーが下がる、すなわち安定化する。吸着している反応中間体は、フリーな反応中間体(もし、対応するものがあるとすれば)よりも、安定化しており、反応性は下がっている。たとえば、吸着した原子状酸素やOHラジカルは、気相や液相にある時に比べて反応性が低い。安定化の程度は固体表面によって異なり、物理吸着では少なく、化学吸着では大きい。
 気相や液相でのラジカル種の反応速度定数は、その反応に固有であるとされているが、表面反応では表面の種類と状態によって異なる。また、反応性の高いOHラジカルなどの中間体が反応中にできれば、気相や液相に飛び出すことはなく、必ず表面に吸着する。
 最近、光化学増感剤と固体光触媒は同じであると考えて、光化学増感反応のメカニズムや実験方法をそっくりそのまま固体光触媒反応に持ち込む人たちが現れてきた。彼らは、OHラジカルやO2-などの活性酸素は吸着していないと考えるから、その反応性は気相や液相中と同じであることになる。
 光触媒=増感剤と考える人たちは、きまって微粒子酸化チタンを液相反応で使う。酸化チタンのゾルは、うまくつくればほとんど透明な溶液になる。透明になったから、分子のようになり、増感剤のようになるだろうと錯覚するらしい。固体はいくら小さくしても固体だ。分子や原子のようにはできない。むしろ、小さくすればするほど、表面の反応性が高くなる、というのが、触媒化学での常識だ。
 固体表面への吸着とか表面反応を研究したことがない人たちであるから、考えが及ばないのであろうが、あまりにも無知でお粗末だ。過去の光触媒の論文を読んでいないとしか考えられない。
 さらに、光化学増感反応を根拠とする論文が学術誌に投稿されたとき、審査員(査読者)が固体触媒反応を知らないと、簡単に受理されてしまう。一度、論文になって出版されてしまえば、次からはその論文の引用で論証したことにするから、間違ったことを書いた論文が量産されることになる。最近5年間くらいの間に出版された、液相における有機物の光触媒酸化反応のメカニズムに関する論文の多くは、このような状態になっている、と筆者は見ている。
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実験データの読み方

 科学は厳密な論理にもとづいて構成されている。実験によって得られた結果は、科学的な論理によって解析されなければ正しい結論は得られないのは当然のことである。ところが、この当然のことが最近、おかしい。論理的な思考方法がすたれてきているようだ。
図3 (a)実験結果    (b)比例関係

 実験によって図3(a)のような結果が得られたときに、どのような結論が得られるであろうか。まず、パラメーターXを増加するとYが増加することがわかる(この際、eの点は無視することにする)。しかしながら、Yが増加する原因がXの増加のみであるとは断定できない。なぜならば、X = 0のときにY = 0.2なのであるから、別な要因も関わっていると考えるべきである。
 これが図3(b)のような結果であれば、一応、YはXの増加とともに増加すると言える。このようにXとYの間に原点を通る直線関係があれば、YはXに比例するという。一方、図3(a)にような関係は直線関係といい、比例関係とは言わない。
 上で「一応」と書いたのにはわけがある。XとYとの間に比例関係があるとしても、YはXのみによって変わるという証拠は何もないからである。すなわち、他の要因が同時に変化している可能性も排除できないのである。触媒や光触媒の実験ではこういうことがよくある。例えば、触媒に助触媒を加えたときに、助触媒の量を増やすほど触媒活性が増加したとしよう。このとき、助触媒を加えることにより表面積も増加するようなことがあるならば、触媒活性の増加は表面積の増加のためかもしれない。
 さて、図3(a)はある論文の実験データであり、Yは酸化チタンの可視光活性、Xはドープした窒素のうち、Tiに直接、結合している窒素の割合(どうしてこの割合をパラメーターとするのかは不明)である。論文の著者らはこの結果から、Tiに直接、結合している窒素が可視光応答化に寄与していると結論するのであるが、如何なものであろうか。あまり批判すると、「研究にケチをつけている」と言われるかもしれないので、これ以上は止めておく。

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酸化チタンは半導体か

 酸化チタン結晶(ルチル型)を光電極として使うときには、そのままでは絶縁体であるから、還元して半導体にして用いる。還元すると半導体になるのは、酸素欠陥ができるからだ(詳しくはこちら)。テキサス大学のバード教授らは、半導体光電極セルをマイクロ化して光触媒をつくったので、酸化チタン粉末を還元し、半導体としてから使っていた。したがって、彼らがPt/TiO2を「半導体光触媒」とい命名したことには矛盾はない。
 ところが、Pt/TiO2をはじめ、金属をつけた光伝導物質は、半導体としなくても絶縁体のままで光触媒として機能するのだ。半導体にしなくても機能する理由は後に書くが、問題は、絶縁体の酸化チタンを使っても「半導体光触媒」と呼ばれるようになってしまったことだ。その結果、一部の一般向け光触媒解説書では、「酸化チタンは半導体の一種」となり、さらには「半導体は、条件によっては電気伝導を示す物質」となってしまった。
 半導体といえば、通常、真性半導体と不純物半導体を指す。真性半導体は、バンドギャップが熱エネルギー程度に小さい、絶縁体であり、室温付近では熱励起した伝導電子により導電性を生じる。室温より温度を上げれば、バンドギャップの大きい絶縁体も導電性を示すようになるが、それらは半導体とはいわない。同様に、光を当てれば導電性を示す絶縁体は、光伝導物質といい、半導体とはいわない。したがって、「半導体は、条件によっては電気伝導を示す物質」というのは、従来の定義を逸脱している。 
以下、随時更新


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