付録1
エネルギーの基礎知識

(2021.2 最終改訂)

1.エネルギーの種類と分類

 石炭が使われ始める前のエネルギー資源は、水力、風力、薪炭くらいしかなかったし、使われていたエネルギー変換も、木材の燃焼による熱エネルギーへの変換だけだった。産業革命後は、熱エネルギーの動力への変換、動力の電気への変換、電気の動力への変換など、いろいろなエネルギー変換が行われるようになり、エネルギー資源も木材や木炭以外に、石炭、石油、天然ガス、原子力と増えて、エネルギー資源の間の関係が複雑になってきた。そこでまず、どのようなエネルギーがあって、それらがどう整理・分類されるのかを見てみよう。

エネルギーとは
 物理学的な概念としてのエネルギーは、物体や系が物理的仕事をなし得る能力を言う注1仕事とは物体に力を加えて動かすことである。物理学的概念のエネルギーは、運動(機械的)エネルギー、位置エネルギー、熱エネルギー、電磁気エネルギー、光(電磁波)エネルギーに分類される。運動エネルギーと位置エネルギーは合わせて力学的エネルギーと呼ばれる。運動エネルギーはさらに、並進、回転、振動エネルギーに分かれる。また、運動エネルギーなどを機械を動かす能力に変換したものを動力という。
 日本語では、エネルギーはまたエネルギー資源(およびその加工物)を指す言葉でもある。エネルギーの話で物理的エネルギーとエネルギー資源を混同しないためには、予め定義をはっきりさせておいた方がよいだろう。ここでの対象は主にエネルギー資源の話であるが、物理的エネルギーにはなるべく分類名を示すことにする。
 ちなみに、エネルギーという言葉を辞書でひくと、洋の東西を問わず第一の意味は活気とか精力とかであり、第二の意味が物理学的なエネルギーとエネルギー資源のことになる。しかし、自然科学系の話ではエネルギーを第一の意味としてはほとんど使わない。しかし、経済学などでは第一の意味の方が多く使われるためか、物理的なエネルギーのことを物質エネルギー(matter-energy)と書いていることがある。

注1)熱力学によれば、熱エネルギーには仕事にならないエネルギーも含まれている。したがって、エネルギーとは仕事や熱になり得る能力と理解しておいた方がよい。(3.「化学反応とエネルギー」参照)

一次エネルギーと二次エネルギー
 エネルギー資源についてよく使われる用語に一次エネルギー二次エネルギーがある(表A1-1)。前者はエネルギー資源ともいわれ、石炭や原油のような採取したままのもの、後者は前者を使いやすいように加工あるいは変換したもので、コークス、ガソリン、電気などである。なお、この分類はあまり厳密なものでない。
表A1-1 一次エネルギーと二次エネルギー
一次エネルギー 二次エネルギー
石炭 石油(原油) 天然ガス 水力 風力、潮汐力
太陽光 地熱 バイオマス(木材など)
原子力(ウラン、プルトニウムなど) 人力 畜力 
コークス ガソリンなど石油製品
都市ガス 電気 木炭、水素など

火薬、爆薬
 一次エネルギーには、地下資源として得られる石炭、原油(石油)、天然ガス、ウランなどと、自然エネルギーといわれるバイオマス(木材など)、風力、水力、地熱、太陽光、バイオマスなどがある。

枯渇性エネルギー
 地下資源として得られるエネルギー資源のうち石炭は古代の樹木の化石であり、石油と天然ガスは植物以外の生物の遺骸が海底下に堆積し、地殻内で熱変性してできたと考えられるので、これらは化石燃料と呼ばれる。化石燃料と原発に使われるウランは、有限であり使えばなくなるものなので枯渇性エネルギー(資源)と呼ばれる。
 現代文明の熱源と動力はほとんど枯渇性エネルギーに依存している。その中でも石油は質的にとくに優れているので、石油を使い始めてから世界の経済は飛躍的に発展した。しかし、世界の石油産出量はすでにピークを過ぎ、新しく開発される油田は次第に地下深く小規模になり、石油生産のエネルギー投資収率(第3章参照)は減少し続けている(第3章参照)。やがて石油の産出量が減少しはじめると、世界の経済は急速に縮小することになる。これが現代の「エネルギー問題」なのである。

自然エネルギー
 自然エネルギーは最近、再生可能エネルギーと呼ばれているが、あまり適切な用語でない。エネルギーは、すべて使えば利用価値がなくなり(質が下がり)再生できないものだ。自然エネルギーは、地熱と潮汐力を除けばすべて太陽光エネルギーを起源とするエネルギー資源なので、現在の地球環境が存続して太陽から地球上への光エネルギーの供給が続く限り持続的に利用できる。
 しかし、薪炭を供給する森林の樹木を乱伐すると、森林が消滅してしまう例が過去にいくつもあった。乱伐の原因のほとんどは製鉄のための木炭を得るためだった。樹木は自然に再生する範囲内で伐採しないと、その利用は持続可能ではなくなる。すなわち、条件付きでの再生可能エネルギーなのだ。
 現在、自然エネルギーのほとんどは電気に変換して使われている。そのための変換装置(太陽電池や発電機)は、電気だけでは製造することはできない。化石燃料を十分に使えなくなると、これらの変換装置は安価に製造できなくなる。電気に変換して利用している場合、再生可能エネルギーとは言えないだろう。
 石油などの化石燃料も自然にできたものだから、自然エネルギーと言えるという意見もあるが、誰でも利用できる水力などと違って、人に手によって採掘し、精製ないと使えない点が大きな違いだ。自然物でも人が手を加えたものは人工物であり、自然物とは言わない。
 自然エネルギーは枯渇性エネルギー資源の代替エネルギーとして期待されている。しかし日本の場合、自然エネルギーの総量は、最大限開発しても、現在の一次エネルギー消費量の20%程度にしかならない(第1章1-6参照)。したがって、量としても代替エネルギーにならないし、発電して使う場合、電力料金も石油が使えなくなると現在以上に上がることになる。
 
保存できるエネルギーと保存できないエネルギー
 エネルギーの損失なしに保存できるエネルギーと保存できないエネルギーという分類も重要である。保存できるエネルギーは、蓄積しておいて必要なときに使うことができるので、価値が高いエネルギーということになる。一般に燃やす(核分裂を含む)ことができるエネルギー資源(化学エネルギー、後述)と位置エネルギーは保存でき、その他のエネルギーは損失なしに保存できず、保存するにはそのための装置が必要になる。
 電気は保存できないエネルギーの典型的なものだ。蓄電池(充電池)は電気をためているように見えるが、電気を化学物質に変換して蓄えている。したがって、充電するときと放電するときに内部抵抗(過電圧)による損失がある他、保存中の電流リークによる自然放電の損失がある。
 大規模な電気の「保存法」として揚水発電がある。余剰電力を使って高い貯水池に水を汲み上げて保存し、この水を必要なときに落として発電する方法だ。これも電気として保存しているわけではなく水の位置エネルギーに変換して保存している。
 熱エネルギーは完全な断熱容器があれば損失なしに保存できるが、完全な断熱は不可能だ。また、熱エネルギーは常温よりも温度が高いほど利用価値が高く、環境の温度(常温)に近くなるほど利用価値がなくなる。しかし、価値が高い熱すなわち温度が高い熱ほど逃げやすく、保存中の損失が大きくなるという困った特質がある。

化学エネルギー
 原子間の化学結合(力)によって物質に蓄えられている結合エネルギーを化学エネルギーという。石炭、石油、天然ガスなどが持つエネルギーは、化学エネルギーに属し、化学反応(例えば燃焼反応や電気化学反応)によって結合エネルギーの一部が熱エネルギー、電気エネルギー、光エネルギーとして開放される。二次エネルギーの燃料用エタノールや水素が持つエネルギーも化学エネルギーだ。
 水素は燃料電池で直接、電気に変換でき、廃棄物は水だけなので優れた化学エネルギーだ。しかし、現在、日本で使われている水素は、ほとんど化石燃料から作られており、製造過程で廃棄物として二酸化炭素(CO2)=温暖化ガスを排出している。(第2章2-1参照)
 また、水を電気分解して水素を作るのは、電解効率が悪い(損失が多い)ので、電気として使ったほうが賢明だ。これを技術で改善する可能性は殆どない。自然エネルギーで発電した電気で水素を製造する、クリーン・エネルギー・システムは、現実的でない理想論に過ぎない。
 近年、地球温暖化抑制策として、火力発電所から排出されたCO2を水素と反応させてメタン(CH4)とし、これをまた燃料とすることが考えられている。また、燃やしてもCO2が出ないアンモニア(NH3)を燃料とすることも提案されている。こうした提案が科学者や技術者からされるのは、原理的に可能だというだけであって実用性は検討されていない。彼らは研究費を得ることが目的なのだ。こうした提案をエネルギー音痴のマスコミが取り上げて騒いでいるが、いずれも水素を必要とするので、上記の理由により机上の空論に過ぎない。
 人間の食料や家畜の飼料に含まれるエネルギーは、広い意味では化学エネルギーだが、一般にはエネルギー資源として取り扱われていない。しかし、これをバイオエタノールなどの燃料に転換した場合は、一次エネルギーとして勘定される。

原子エネルギー(原子力)
 原子の核分裂や核融合の際に放出されるエネルギーを原子エネルギー(核エネルギーともいう)あるいは原子力と言う。化学エネルギーよりも桁違いに大きいエネルギーが放出されるが、同時に人体に有害な放射性物質が生産されるという問題がある。そのため核分裂反応を行う原子炉に事故があると、放射性物質が漏れる大災害が起こるし、使用済み核燃料は非常に高い放射能を帯びるので廃棄処理が難しい。
 放射性物質の放射能は、これをなくすことは実際上、不可能であり、自然に減衰するのを待つしかない。したがって、原発の放射性廃棄物は地下に埋めるなどして隔離するしか処分方法がないが、地殻変動もあるから絶対安全な処分方法はありえない。そしてさらに、地下処分した放射性廃棄物の近くに住んでもよいという人は、原発に賛成する人たちのなかでさえいないだろう。原発の廃棄物は貯まり続けているが、現在に至るまで処分場は決まっていない。おそらく、最後まで決まることはないだろう。
 原子力発電(原発)はウラン燃料がある間は使えると一般に思われているが、ウランは電気にしか変換できないから、石油がなくなれば原子力は持続可能なエネルギーではなくなる。電気だけでは製鉄をはじめとするすべての冶金もセメント製造もできないから、発電機や原発の施設さえも作ることができないからだ。
 原発以外の発電は、発電事業が終わった後、施設などの廃棄処分はしなくても、大きな危険性はないが、原発の場合は廃炉と放射性廃棄物の処分という極めて危険な作業をしなければならない。しかもその作業は人が直接、携わることができず、石油や電気などのエネルギーを使う機械力に頼らねばならない。現在、そのための費用は、電気料金に上乗せされて利用者から徴収されて積み立てられている。
 しかし、この積立金は日本が国家財政破綻すれば価値が下がってしまう(第1章1-16参照)し、化石燃料を輸入できなくなれば放射性物質の処理は実際上できなくなり、現在ある場所に放置されざるを得ない。

2.エネルギーの相互変換と変換効率

 いろいろなエネルギー資源は、生産や生活に使うことができる物理的エネルギー(熱、動力、光、音など)に変換する必要がある。ほとんどの物理的エネルギーは、相互に変換することができるが、機械や装置が必要な場合が多く、必ず変換損失が生じる。この損失が少ないほど変換効率が高いという。
 一次エネルギーから二次エネルギーへの変換は、エネルギー変換というよりも加工とか精製といわれることが多い。原油は分別蒸留によってガソリンや石油などに分留されるが、蒸留に熱エネルギーがいるから、その分だけエネルギーが損失していることになる。石炭をコークスや都市ガスにするときも同様である。
 いろいろなエネルギーの間の相互変換の効率は、組み合わせによって異なる(図A1-1)。いずれのエネルギーも熱への変換効率は、理想的条件であればほぼ100%である。例えば石油や薪を燃やすとき、酸素の供給が十分で完全燃焼すれば、熱への変換効率は100%となる。しかし、石炭ストーブや薪ストーブを実際に使って経験するように、燃料の完全燃焼はそれほど簡単なことではない。完全燃焼になっていなければ、エネルギー資源が排気や燃え殻(ゴミ)として捨てられていることになり、変換効率は低くなる。
 電気を電動機(モーター)で動力(運動エネルギー)に、その逆に動力を発電機で電気に変換する効率は非常に高いが、電気抵抗と摩擦による損失は避けられない。電気は電気化学反応(電気分解など)によって化学エネルギーに変換することができる。例えば、水を電気分解すれば水素と酸素が得られる。この効率は電極触媒の性能によって異なり、通常、70%程度である。
 充電池(二次電池、バッテリー)への充電は、電気を貯めているのではなく、活性な化学物質をつくる電気化学反応である。すなわち、電気エネルギーの化学エネルギーへの変換である。最近のリチウムイオン充電池などは充電、放電ともに効率が高い。
 水素やアルコールなどの化学エネルギーを直接、電気に変換する燃料電池の効率は、電極触媒の性能に依存するが、熱を経由しない変換なので、熱機関による発電より効率が高い。それでも熱になる損失がかなりあるので、廃熱の利用も同時にするコージェネレーションがエネルギーの有効利用になる。
 太陽光エネルギーは熱に変換して使うのがもっとも効率が高い。太陽電池で電気に変換する効率は、一般用で10数%程度である。変換効率の面からすれば、太陽光発電の電気を電熱器で熱にするのは、太陽光の熱をわざわざ遠回りをして変換し、損失を出して使っている馬鹿げた無駄ということになる。
 緑色植物が行っている光合成の効率はさらに低く、平均で1%程度だ。
図A1-1 エネルギーの相互変換と変換効率(概念図)。この他にも変換経路があるが使われることが少ないので省略した。
 エネルギー変換でもっとも問題になるのは、動力機械の大部分を占める、熱エネルギーを動力(運動エネルギー)に変換する熱機関の効率である。熱機関というのは、動作気体(通常、水蒸気)の熱源による加熱膨張圧力と、それを水や大気(低温熱源という)で冷やして収縮させたときの圧力差を動力源とするものなので、両熱源の温度差が大きいほど変換効率が高くなる。この変換効率の最大理論値は、熱力学によって計算することができる。
図A1-2 熱機関の理論最大効率曲線
   低温熱源温度=30℃の場合
 図A1-2は、低温熱源の温度を30℃として、熱機関の理論効率と高温熱源の温度との関係を示したものである。効率は高温熱源が100℃の場合19%、200℃の場合36%、300℃の場合47%、400℃では55%となる。蒸気機関では、蒸気発生ボイラーの耐圧限界のためあまり高温にできないから、効率は60%くらいが上限となる。実際の熱機関の効率は、動作気体への熱伝導が不十分なこと、熱の漏れや動力の摩擦などによる損失などのため、理論的に計算される効率よりもかなり低くなる。
 例えば、蒸気機関車の効率は10%以下である。これは水を蒸気にするとき蒸発熱が奪われること、火室の温度が1,000℃をこえても蒸気の温度は400℃くらい(加熱器使用の場合)までしか上がらないこと、および蒸気機関を出た蒸気が高温のまま外部に排出されるなどのためである。火力発電に使う蒸気機関では超臨界圧ボイラーと蒸気タービンを使い、低温熱源として川の水や海水を使うので、効率は蒸気機関車よりかなり高くなる。
 乗り物に使われる内燃機関は蒸気機関車より効率が高くなるが、やはり理論効率よりかなり低い。ガソリンエンジンは20〜30%、ジーゼルエンジンは28〜32%である。天然ガスを燃料にする火力発電ではより効率の高いガスタービンが用いられている。さらに、タービンの廃熱でタービンを動かすコンバインドサイクル発電が行われており、総合効率は50%以上になっている。しかし、日本では古いタイプの火力発電も行われているので、平均の発電効率では約40%にとどまっている。

3.化学反応とエネルギー

生産と化学過程
 生態系にしても人間の経済活動にしても、エネルギーの関わる過程のほとんどは化学過程である。生態系の緑色植物による光合成は、光化学反応を含む化学過程であるし、動物が食物を消化・吸収して、自身の体をつくったり、熱を出したり、筋力を出したりするのも、複雑な生化学反応の結果である。人間が生産に使っている熱と動力のほとんどは、燃料の酸化反応による反応熱を利用している。エネルギーが関わる物理過程としては、電気に関するもの、発電、電動機、情報通信などしか見当たらない。ちなみに、原発の原子炉のなかで起こっている核分裂も化学反応の一種とされている。
 したがって、生産とエネルギーとの関係を考えるには、化学反応とエネルギーの関係を知らなければならない。
化学反応の進む方向
 電気は電圧の高い方から低い方に向かって流れるし、水は位置エネルギーの高い方から低い方に向かって流れる。このように、エネルギーの高い方からエネルギーの低い方に向かって流れる、というものは、感覚的にわかりやすい。それでは、化学反応はどうであろうか。
 化学反応の多くは、反応物の原子や分子の結合の組み換えが起こり、これらの結合エネルギーがより大きい、より安定した生成物になる現象である。こういう反応では、反応の前後の結合エネルギーの差が多くの場合、反応熱として放出されるので、反応は発熱する方向に進むことになる。
 ところが化学反応には吸熱反応があり、発熱しないどころか系外から熱を吸収する反応がある。食塩を水に溶かすと温度が下がるのは、その一例であり、多くの塩類の水への溶解反応は吸熱反応である。冷凍機がなかった時代には、氷水に食塩を加えることによって、O℃以下の低温を作っていた。
 食塩(NaCl)水中では、ナトリウムNaと塩素Clはイオン化してバラバラになっている。NaClをNaイオンとClイオンとを反応させて作れば発熱するから、その逆にNaClをNaイオンとClイオンに分離する反応は、外からエネルギーを加えなければ起こらない。NaClを水に溶かしたときにNaとClが自発的に分離するのには、なんらかの力(エネルギー)が働いていると考えられる。
 また、メタンハイドレートをメタンと水に分解する反応も吸熱反応である。海底に存在するメタンハイドレートからメタンを簡単に採取できると思っている人が多いが、吸熱反応であるために難しい問題が起こる。詳しくは第3章3-5を見ていただきたい。
 世の一部の化学反応の解説書には、「吸熱反応は例外である」と書かれている。どうして例外かというと、発熱反応が圧倒的に多いからだが、その裏には、反応物中の熱エネルギー(相当部分)が減少する方向に反応が進むのが当然だという考えがある。そして、外部からのエネルギー供給を必要とする吸熱反応は自発的に起こらないと一般に考えられている。しかしこれは熱エネルギーにとらわれすぎた考えであり、自由エネルギーの概念を取り入れると、例外なく「自由エネルギーが減少する方向に反応が進む」と言うことができる。
自由エネルギー
 詳しいことは熱力学の参考書を読んでいただくとして、自由エネルギーは熱力学の示量性関数の一つである。化学反応を含む熱力学的系の等温(温度一定)過程において、系から取り出し得る最大仕事のエネルギー、すなわち仕事になり得るエネルギーである。自由エネルギーは熱力学第二法則から導き出されものであり、エントロピー増大則を織り込み済みのエネルギー表式だといえる。
 自由エネルギーには、等温等積(体積一定)過程のヘルムホルツの自由エネルギー(通常、Fと表記される)と等温等圧(圧力一定)過程のギブスの自由エネルギー(通常、Gと表記される)がある。これらは次の式で定義される。
      F = U - TS             (3-1)
      G = H - TS             (3-2)
ここで、Uは内部エネルギー、Tは熱力学(絶対)温度、Sはエントロピー、Hはエンタルピーである。TSは、エントロピーの定義がS = Q/TQは熱量)なので、エネルギーの次元となる。TSは束縛エネルギーとも呼ばれ、UあるいはHのうち仕事にならない部分であり、TSを差し引いた部分が自由(に仕事に使える)エネルギーということになる。
 FGの間には次の関係がある。
      G = F + pV             (3-3)
ここでpは圧力、Vは体積である。つまりFGの間には、反応条件である等温等積と等温等圧の違いで、pV仕事だけの違いがあるわけである。
 化学反応は多くの場合、等温等圧で行われるのでギブスの自由エネルギーがよく使われる。反応の原系と生成系のギブスの自由エネルギーの差、Gは次の式になる。
      G = H - TS           (3-4)
Hは通常、反応熱となる。自発的に起こる化学反応は、発熱か吸熱かに関係なく、ギブスの自由エネルギーが減少する(G<0)方向に進むのである。
 多くの化合物について、HおよびSの熱力学データは揃っているので、既知の化合物の反応であればGを計算で求めることができる。ある反応のGが計算で負(G<0)であれば、自然に(自発的に)起こる反応だとわかる。また、G = 0であれば、その反応系は化学平衡になっている。ただし実際には、G<0であっても、温度を上げたり触媒を使ったりしないと起こらない反応が多い。化学反応が起こるには、反応物が活性化状態を越える必要があるからである。
 さて、食塩が水に溶ける反応は吸熱反応、すなわちH>0(系外に熱が出ること=発熱を負としているので正になる)であったが、Sが非常に大きく、TSHとなったのでG<0となり、反応が進行したのである。溶解反応でエントロピーが大きく増加したのは、溶解してできたNaイオンとClイオンが水和し、バラバラに分散したからである。食塩水を蒸発させて水分を減らすと、Sが小さくなってNaClができる方向に進むことになる。
 また、メタンハイドレートのメタンと水への分解は、吸熱反応であるが、常温では自発的に起こる。これは、固定されていたメタンと水が分解反応によって開放され、自由に動けるようになると、エントロピーが大きく増大するためと考えられる。
 なお、化学熱力学が適用できる現象は、化学結合変化を伴う化学反応だけではなく、混合、拡散、浸透圧のような現象にも及ぶ。
 先に書いたように、生態系にしても人間の経済活動にしても、使われるエネルギーはほとんど化学エネルギーである。したがって、自由エネルギーを基軸にとれば、すべての経済過程は自由エネルギーの減少する方向に進むと言うことができる。第4章4-12に書いたように、ケネス・ボールディングやハーマン・デイリーらの経済学者は、熱力学第二法則を誤解してエントロピーとエネルギーを取り違えたが、彼らの考えた「ポテンシャリティ」は、自由エネルギー(あるいはエクセルギー)そのものである。
エネルギーが増加する化学反応
 熱過程の化学反応は、自由エネルギーが減少する方向に進むので、自由エネルギーが増加する反応はありえない。化学反応系に外部からいくら熱エネルギーを加えても、反応が早くなることはあっても、自由エネルギーが増えることはない。なお、(3-4)式からわかるように、ΔGは温度に依存する。
 しかし、光エネルギーや電気エネルギーが関わる、光化学反応や電気化学反応には、自由エネルギーが増加する反応がある。これらの反応では、反応物の結合電子を光子や電子が直接、励起するので、熱過程の化学反応では不可能なことが可能になるのだ。化学反応における光エネルギーや電気エネルギーには、エントロピーがない(またはエントロピーがゼロ)とも言えるだろう。ただし、すべての光化学、電気化学反応の自由エネルギーが増加するわけではない。
光合成反応
 緑色植物の光合成は、太陽光エネルギーで起こる光化学反応であり、二酸化炭素と水から炭水化物が作られ、これを人間を含む生態系消費者が利用している。光合成のような反応は、反応系に光エネルギーを含めないで考えれば、自由エネルギー変化は正(僭>0)となるので、エネルギー蓄積型の反応と呼ばれる。(熱力学的に言えば、光エネルギーは反応系に含めるべきであり、その場合はΔG<0となる)
 例えば、光合成でブドウ糖(グルコース、C6H12O6)ができる反応
    6CO2 + 6H2O + 光エネルギー → C6H12O6 + 6O2  G = 670kcal/mol (3-5)
では、670kcal/molの光エネルギーが化学エネルギーに変換・蓄積されたことになる(molは物質量の単位で、6.02 x1023分子)。蓄積されたエネルギー量(G)は、生成物(この場合ブドウ糖)を燃焼させて発熱量を測ればわかる。
光合成と光エネルギー
 緑色植物の光合成反応は、一種の光触媒反応であり、クロロフィルが光触媒となっている。光(光子)のエネルギーを吸収したクロロフィル中の特定の電子が励起し、外部の物質の酸化還元反応を引き起こす。酸素発生型光合成では、水を酸化して(電子を引き抜いて)酸素とし、この水の電子を使ってCO2の還元反応を行っている。
図A1-2 太陽光のエネルギースペクトル。光合成では緑色光付近光エネルギーが利用されていない。
 
 クロロフィルは太陽光エネルギーのうち、一部の光エネルギーの光子しか利用していない。光のエネルギーは波長によって決まるから、特定の波長の光しか利用されないことになる。クロロフィルの光合成に利用される光は、長波長側の赤色光と短波長側の青紫色光であり、中間波長の緑色光は吸収されないで反射するので、植物の葉は緑色に見えるのである。
 多くの化学反応は一段階で起こるものではなく、複数の段階(素反応)を経由して起こる。光合成反応では、光で進行する部分を明反応、光がなくても進行する部分を暗反応という。クロロフィルの光合成では二つの明反応部分があることがわかっている、
 光合成に太陽光の一部の波長領域しか利用されないこと、また吸収された光のすべてが反応に使われないことなどもあって、光合成のエネルギー変換効率はあまり高くない。理想的条件下での最大効率でも、入射太陽光エネルギーの5%くらいであり、野生の条件下では1%くらいでしかない。人間の農作業のほとんどは、農作物の生育条件をよくするために行われる。
水の電解反応
 電気エネルギーが変換・蓄積される電気化学反応の代表例は、水を水素と酸素に分解する、電気分解反応である。
      2H2O + 電気エネルギー → 2H2 + O2  G = 56.6kcal/mol     (3-6)
この反応では、56kcal/molの電気エネルギーが化学エネルギーに変換・貯蔵されることになる。
 電気分解反応は、陰極と陽極の二つの電極と電解質溶液を使って行われ、電極は触媒機能を持つ物質が使われる。電解効率は電極触媒の触媒活性に支配され、電解速度を大きくすると効率が下がるなどの問題がある。水の電気分解の効率は、通常、70%くらいである。
 水素は燃料として使っても水しかできないから、クリーンエネルギーだと言われている。そして、水素を自然エネルギーで発電した電気で水を電解して作れば、クリーエネルギーシステムができると昔から言われてきた。しかし、水の電解には新たな施設が必要だし、大きな変換損失もあり、難しい水素の貯蔵の問題もある。こうしたことを考えれば、電気を水素にするより電気としてそのまま使った方が効率が良いのである。
電池と燃料電池
 電池には湿式電池、乾電池、生物電池など、いろいろな種類があるが、光電池を除けばほとんど化学電池であり、電気化学反応を利用している。したがって電池の起電力は、利用している電気化学反応のギブスの自由エネルギーによって決まる。電池反応に関与している電子の数をnとすれば、理論的起電力Eは次式で与えられる。
         E = -G/nF       (3-7)
ここでFはファラデー定数である。反応のギブス自由エネルギー差が電子のエネルギーになるわけである。
 電池反応が可逆反応である場合は、放電後に充電によって元に戻すことができ、二次電池(充電池)と呼ばれる。電子工学の発展に伴い、二次電池の用途と重要性は増し、小さくて軽くて大容量の電池が求められてきた。電池反応では電極間をイオンが動いて電荷を運んでいるから、性能を上げるにはイオンの伝導性=易動度がよいことが重要となる。イオンは小さいほど動きやすいので、現在の電池では金属元素の中で最も小さいリチウムのイオンが多く使われている。
 閉鎖型の電池は、電池反応に関与する活物質を内部に閉じ込めているが、燃料電池は外部から活物質(燃料)を両極に供給することで持続的に作動する。大きなエネルギーが得られる燃料電池の反応は、燃料の酸化反応を利用することになる。燃料電池の場合、燃料の燃焼熱で熱機関を動かして発電する方式に比べて、熱を経由しない発電なので、熱機関のカルノー効率の制約を受けない点で優れている。燃料電池の電極は触媒機能が必要であり、その性能は使用する触媒の活性によって左右される。
 もっとも単純で効率の良い燃料電池は水素燃料電池である。水の電気分解反応の逆反応であるが、それほど簡単ではない。水素中に不純物があると電極触媒の活性が損なわれるので高純度の水素を必要とし、出力電流密度を上げるには高温で作動させなければならない。もっとも問題なのは、現状では水素を天然ガスなどの化石燃料から作っていることで、クリーンではないことだ。自然エネルギーの電気の水電解で原料水素を作っても、もとの電気に戻すことをして無駄なことをしていることになる。 
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