光触媒入門
目次
1.光触媒とはなにか
2.酸化チタン光触媒−実用化のいきさ
3.光によって起こる反応
4.光のエネルギーと物質の光吸収
5.固体の電子の光励起と光触媒反応
6.酸化チタン光触媒の酸化力
7.活性酸素の種類と酸化力
8.活性酸素=ヒドロキシラジカル説は誤り
9.酸化チタン表面の超親水性
10.光触媒の効果的な使い方
11.光触媒の性能評価法
12.半導体光電極反応と本多・藤嶋効果
13.光電気化学型光触媒
14.人工光合成の夢
1.光触媒とはなにか
 触媒は「それ自身は変化することなく化学反応を促進する物質」と定義されます。光触媒は光があたると触媒になる物質です。 光触媒という言葉を聞いたことが無いという人もいるかもしれませんが、実は光触媒は身近に見られるのです。緑色植物が二酸化炭素と水から炭水化物と酸素をつくる光合成作用をしていることはご存知でしょう。そこで重要な働きをしている光触媒が、葉緑素(クロロフィル)なのです。
植物の光合成
  図1 植物の光合成も一種の光触媒反応
 私たちは、クロロフィルのつくった炭水化物を食べ、放出した酸素を呼吸して生活しているのです。この光触媒が無くては、地上の生物は存在しないほど重要なのです。しかし、残念ながら光合成をできる光触媒を人類はまだ作り出せていません。
 最近、世間で注目を集めている光触媒は、葉緑素のような有機色素ではなく二酸化チタン(TiO2)という物質です。ふつう、単に酸化チタンと呼ばれています。
 酸化チタンは、昔から白色ペンキや化粧品、あるいは食品添加剤(おもに白色顔料)として使われてきました。白色ペンキが長期間、太陽にさらされるとボロボロになる、チョーキングという現象をご存知の方もいるでしょう。このチョーキング現象は、酸化チタンの光触媒作用(光酸化)によるものなのです。この原因は、後に書くように、酸化チタンが活性酸素をつくるためですが、その仕組みは実に40年以上も前から知られていました。
 酸化チタン光触媒の一般的機能としては、汚れの分解、消臭・脱臭、抗菌・殺菌、有害物質の除去、ガラス・鏡の曇り防止、防汚、などがあります。

表1 光触媒の用途別マスコミ発表件数

用途

件数

空気清浄機、脱臭フィルター等

52

外壁、外装、建材、テント等の防汚

36

抗菌・脱臭用繊維および紙

15

蛍光ランプ、街路灯関連の防汚

14

浄水・活水器

14

防汚・抗菌タイル(内装、外装)

10

道路、コンクリート、セメント

10

キッチン関連の防汚・抗菌

10

自動車の防汚コーティング

3

防藻

3

 現在、どのような用途に光触媒が使われているかを表1にまとめました。これは1995年から6年間に新聞に発表された光触媒関連記事の件数を調べたものです。分類と振り分けは必ずしも適切ではないかもしれませんが傾向は読みとれると思います。
 まず第一に多いのは空気清浄器関連であり、脱臭と有害物質の除去を目的としています。次に多いのは主に防汚を目的とした建物の外壁、建材(金属も含む)などです。意外に多いのは、脱臭・抗菌を目的とした衣類やティッシュなどで、近年の清潔志向を反映しているようです。
 自動車関連では、サイドミラーの曇り止めフィルムが早くから市販されており、使った方もおられるでしょう。その他、自動車ボディーの防汚コーティングも期待されています。
 図2に、現在、市販されている光触媒を応用した商品の例をのせました。
光触媒応用商品
図2 光触媒を応用した商品の例
(a)空気浄化用疑似観葉植物、(b)蛍光灯、(c)自動車サイドミラー用水滴防止フィルム、(d)自動車のコーティング、
(e)光触媒をコートしたテント(右側は未処理)、(f)光触媒コートしたビルの壁面、(g)街灯のカバー、(h)コップ
 実験用の試薬として市販されている酸化チタンは白色の粉末です。光触媒は粉末だと使いにくいので、コーティング液、フィルムあるいはいろいろな物にコーティングされた形で市販されています。ガラスにコーティングされた酸化チタンは、図2(h)のガラスコップのように、ほとんど透明でわずかに青みがかった色をしています。
 酸化チタンは、後に書くように、酸化力が強いので、酸化されやすい紙、木、繊維に直接、塗布すると、下地(基材)が分解されます。これを防ぐための保護剤も市販されています。酸化されるものに塗布するときは、保護剤を先に塗布してから光触媒を塗布して下さい。
2.酸化チタン光触媒−実用化のいきさつ
 先に書いたように、酸化チタンが光触媒になること、およびその光触媒作用の仕組みは1950年代から知られていました。それではなぜ最近まで光触媒が実用化されることがなかったのでしょうか。その理由は、「触媒」というものに対する考え方にあると思われます。
 通常の触媒は、ほとんど化学工業に使われています。新しい化学製品を作ったり、旧来の化学製品を安価に大量につくることに使われます。したがって、触媒というものは、ものづくりの道具であり、大量の物質を処理するものという考えがありました。
 酸化チタンや酸化亜鉛などの金属酸化物に光が当たると、酸素の吸着が起こったり、酸化反応が起こることは、おそらく1950年以前から知られていたと思われます。そのような現象が光触媒反応と呼ばれ、その仕組みが研究されるようになったのは、1950年代に入ってから、おもに触媒化学の研究者たちによってでした。
 その当時の光触媒の研究は、まったくの基礎研究であり、実用化などは考えられもしませんでした。筆者にしても、学生時代から酸化チタンが光触媒になることは知っていましたが、光触媒の研究は”もの好きな研究”としか見えませんでした。その理由は、@効率(量子収率)が悪いことと、A紫外光しか使えないことから、触媒としての資格がなかったということです。言い換えれば、大量にものをつくることには向いていなかったからです。
 しかし、酸化チタンには強い光酸化力があり、室温で有機物を完全に酸化することができます。これは、通常の触媒にはできないことです。少量の物質、とくに有害な物質を完全に分解する目的なら実用になるかもしれないと考えた人たちが、1980年代後半に現れました。要するに、発想の転換です。その実用化研究の中で、新たに防曇・防汚機能(超親水性機能、後出))が発見されました。そして、今日の光触媒の隆盛を迎えたわけです。この辺の詳しいいきさつは、ながくなるので別の章に書くことにします。
 それでは、酸化チタン光触媒の仕組みについて見てみましょう。
3.光によって起こる反応  
光化学反応と光触媒反応の違い
図3 光化学反応、光増感反応、触媒反応、光触媒反応の違い

 光によって起こる反応を一般に光化学反応と言います。光触媒によって起こる反応(光触媒反応)も広い意味では一種の光化学反応です。しかし、光化学反応と光触媒反応は通常、区別して使われています。
 ふつうにいう光化学反応は、図3に示すように、反応物(基質ともいう)が光を吸収して励起状態となり、その状態から生成物になります。光化学反応にはもう一つのタイプの反応があります。反応物以外の分子、原子あるいはイオンなどの物質が光吸収して反応が起こるものです。これを光化学増感(反応)といい、光を吸収する物質を増感剤といいます。
 光化学反応の増感剤も一種の光触媒といえますが、固体の光触媒とは反応の仕組みが違います。光化学増感では、光励起した増感剤のエネルギーあるいは電子は、反応物と衝突したときに、反応物に移行します。したがって、増感剤と反応物の間には一般に結合はできません。
 一方、固体の光触媒では、反応物は光触媒に吸着します。そして、吸着した反応物は、光触媒中に光によってできた電子と正孔と反応します。また、その後にできる反応中間体も光触媒に吸着しており、途中で飛び出すことはありません。
 このように、光触媒反応は、光化学増感反応とは反応物と反応中間体が吸着しているという点が違います。このことがしばしば混同されますので注意してください。
 さて、通常の触媒は光を使いませんが、固体光触媒とは、吸着によって反応が起こるという点でよく似ています。触媒では、反応物が熱によって吸着し活性化されて反応を起こします(触媒入門参照)。一方、光触媒反応は、光励起状態の光触媒上に分子が吸着して活性化されて反応します。この活性化の過程が違うだけで、他の過程は触媒も光触媒も大差ありません。したがって、光触媒反応にも、光が関与しない、熱エネルギーによる触媒作用が含まれることになります。
 光触媒といわれるものの中には、光によって通常の触媒ができ、光を切っても反応が継続するタイプのものがあります。できた触媒の寿命が非常に短いときには、光照射中にしか反応が起こらず光触媒反応のように見えるので、このような触媒も光触媒として取り扱われています。
4.光のエネルギーと物質の光吸収
 光触媒の話に入る前に、光について書いておく必要があるでしょう。光化学反応でも光触媒反応でも、すべての光が使えるわけではなく、あるエネルギー以上の光だけしか使えません。
 光のエネルギーは波長によって決まります。図4に示したように、光のエネルギーは波長が短いほど高くなります。この関係は次の式で表されます。

光のエネルギー(eV, 電子ボルト)
      
=(プランクの定数)×(光の速度)÷波長(nm、ナノメートル)
      =1240÷波長(nm)

光のエネルギー
図4 光のエネルギーと波長
 人間の目が見ることができる可視光は、波長が約0.4から0.8ミクロン(1ミクロン=1、000nm)ですから、可視光のエネルギーは約1.6から3.1eVとなります。400nmより短い波長の光を紫外線と言い、光触媒のほとんどは紫外線領域で働きます。太陽光には紫外線がエネルギーとして約3%含まれており、蛍光灯の光にもわずかですが紫外線があります。白熱電球の光には紫外線はありません。
 物質には色がついています。これは光が物質に吸収されるからです。可視光の光をすべて反射する物質は白く見え、すべての光を吸収する物質は黒く見えます。赤や青に見える物質は、ある特定の波長(エネルギー)の光を吸収するためです。
 物質の光吸収は、物質内の電子が光を吸収するためです。光を吸収した電子は、エネルギーの高い状態(光励起状態)になります。この状態から元の状態に戻るときには、ほとんど熱になりますが、たまに光になることもあります。
 光励起状態の電子が元に戻らないで化学反応を起こすことがあります。これが光触媒反応なのです。
5.固体の電子の光励起と光触媒反応
 光触媒になるものには、大別して光があたると電気伝導を生じる物質(光伝導物質)と半導体、および色素(有機金属錯体)があります(先に書いたクロロフィルはマグネシウムの錯体です)。酸化チタンは、そのままでは光伝導物質ですが、半導体にもなります。ここでは酸化チタンについて説明します。

図5 光による固体中の電子のバンドギャップ励起
 酸化チタンの結晶は、そのままでは電気を通しませんから、絶縁体です。ところが、波長が400nm以下の紫外線を当てると、電気をわずかに通すようになります。これを光伝導といいます。光伝導はなぜ起こるのでしょうか。
 固体の中の電子は、エネルギーが同じくらいの電子が集まって、エネルギー帯というものをつくっています。絶縁体の電子はすべて価電子帯と呼ばれるエネルギー帯に属しています。価電子帯の電子は完全に詰まっており、動くことができません。電気伝導は、電子が動くことによって起こりますから、この状態では電気が流れません。
 価電子帯よりエネルギーの大きいところに、伝導帯というエネルギー帯があります。価電子帯の上端と伝導帯の下端のエネルギーの差をバンドギャップエネルギーといいます。
 価電子帯の電子が、バンドギャップより大きなエネルギーを持つ光を吸収すると、伝導帯に上がることができます。光触媒として使われている酸化チタン(アナタース型)は、バンドギャップエネルギーが3.2eVなので、上の式を適用すると、波長が390nm以下の光を吸収することがわかります。
 伝導帯に上がった電子は動くことができるので、電気伝導が生じます。これを光伝導といいます。一方、価電子帯には電子の抜け跡ができます。これは、マイナスの電荷が抜けたのでプラスになったと考え、正孔(hole、ホール)と呼びます。これらの電子と正孔が光触媒反応を起こすことになります。
 ここで注意しなければならないことは、光で電子が励起されてもエネルギーが変わっただけであり、空間的位置は動いていないということです。そのままでは電子と正孔はマイナスとプラスの電荷なので再び結びついて(再結合という)元の状態に戻ってしまいます。光触媒反応が起こるためには、電子と正孔の寿命が長い必要があります。酸化チタンは、この寿命がながいので光触媒として使うことができます。
6.酸化チタン光触媒の酸化力
 酸化チタン光触媒の特長は、光による強い酸化力と超親水性です。先に書いた光触媒の機能のうち、汚れの分解、消臭・脱臭、抗菌・殺菌、有害物質の除去、はおもに光酸化力により、ガラス・鏡の曇り防止や防汚は、光による超親水性現象によるものです。まず、光による酸化反応がどうして起こるのか見てみましょう。

図6 酸化チタン光触媒の二大機能
 酸化力とは、酸化反応における反応性のことです。酸化力が強いとは、@酸化されにくい物質をよりはやく酸化できる、あるいはA同じ物質を酸化するとき、より低温で酸化できる、ことをいいます。酸素による酸化反応は、酸素が光触媒によって活性化され、反応性の高い活性酸素になることによって起こります。酸化力の強さは、この活性酸素の種類によって決まります。
 酸化されにくい物質は、種類によって違いますが、一般に金属などの無機物であり、酸化されやすいのは有機物です。炭素と水素からできている有機物を完全に酸化すると、二酸化炭素(CO2)と水になります。有機物を酸素不足の状態で酸化すると、いわゆる不完全燃焼が起こって、有害な一酸化炭素(CO)ができます。これは、有機物よりも一酸化炭素の方が酸化されにくいためです。有機物の完全酸化ができるためには、一酸化炭素を酸化できなければなりません。
 活性酸素は、病気の原因だとか、老化の原因だとか言われて嫌われていますが、それは体内にできたときの話です。私たちが都市ガスに火をつけるとき、電気火花を飛ばします。これは活性酸素をつくっているのです。いちどガスに火がつくと、炎の中では次々と活性酸素ができて燃焼反応が持続します(連鎖反応という)。木炭の火でも、マッチの火でも、タバコの火でも、火の中では必ず活性酸素ができています。燃焼反応は活性酸素がなければ起こりませんから、活性酸素がなければ、煮炊きもできないし、暖房もできないし、自動車も走りません。
 燃焼反応では、活性酸素は高温でしかできません。しかし、酸化チタンは光によって活性酸素を室温でつくることができます。低温でも酸化できる(活性酸素をつくる)能力があるので、酸化力が強いと言われるのです。
7.活性酸素の種類と酸化力
 活性酸素という言葉を理化学辞典(岩波書店)で引いてみると、次のようなことが書いてあります。活性酸素には原子状態の酸素(O)と酸素分子の準安定状態(たとえば一重項酸素)がある。さらに生化学ではスーパーオキシドアニオン(・O2-)、ヒドロキシ(水酸)ラジカル(・OH)、ペルヒドロキシラジカル(・O2H)をも含め活性酸素と総称する。ここで一重項酸素とは、酸素分子(三重項状態)の電子励起状態です。触媒や光触媒では活性酸素は吸着していますから、このような電子励起状態はできません。
 このように、原子状酸素は理化学辞典にも載っているほど一般的であるにもかかわらず、光触媒の研究をしている一部の人たちは認知していません。それはともかくとして、酸化チタンに酸素中で光を当てると、その表面に活性酸素ができます。どのような種類の活性酸素ができているかは、ラジカルを測定できる電子スピン共鳴(ESR)という装置を使って測定できます。
 これまでの測定により、酸化チタンの活性酸素として、O-(原子状酸素)、O2-、O3-が見つかっています。これらの活性酸素のマイナス電荷は、酸素の電気陰性度(電子を引きつける力)が強いために、酸化チタンから電子が移行したものです。これらの活性酸素は、通常の触媒でも見つかっています。(触媒入門参照)

図7 酸化チタン光触媒によってできる
   活性酸素
 これらの活性酸素の酸化力は、一酸化炭素と反応するかどうかを調べればわかります。原子状酸素O-は-200℃近い低温でも一酸化炭素を酸化できるので、もっとも酸化力が強いことがわかります。その次に酸化力の強いのはO3-です。O2-は一酸化炭素を酸化できませんが、酸化されやすい有機物は酸化できます。(触媒入門参照)
 なお、O3-は酸化反応中にはできません。なぜならば、O3-はO-と分子状酸素が反応してできますが、反応中はO-がすべて酸化に使われてしまうからです。
 私たちのまわりにある汚れや臭いの成分は、ほとんど有機物です。したがって、完全に酸化してしまえば二酸化炭素と水になります。酸化チタン光触媒は、たいていの有機物を完全酸化できます。これは、活性酸素として原子状酸素ができるためであり、O2-など他の活性酸素では有機物の完全酸化はできません。
 細菌や病菌も有機物ですから、それらの表皮を酸化して分解し、殺すことができます。大気汚染物質である窒素酸化物も酸化して硝酸にすることができます。
 しかしながら、光触媒は大量の物質を処理することはできません。なぜならば、活性酸素ができる効率(量子収率)が低いからです。
8.活性酸素=ヒドロキシラジカル説は誤り
 酸化チタン光触媒が実用化されて以来、一般向けの光触媒の解説書がたくさん出版されました。その中には、図8のような光触媒の仕組みが書かれている本があります。電子は酸素と反応してスーパーオキシドラジカルをつくり、正孔は水と反応してヒドロキシル(OH)ラジカルをつくるというのです。
通説になっている光触媒のしくみ
図8 近年、流布されている、誤った「光触媒の仕組み」
 ところが、酸化チタンによる光酸化反応は、水が無くても起こります。また、水を加えても一般に反応は促進されません。したがって、OHラジカルは必要がないわけです。
 これだけの実験事実からしても、図8の仕組みはおかしいことがわかります。さらに、もしOHラジカルができたとしても、酸化チタンに吸着したOHラジカルの酸化力は、吸着していないときより著しく下がることがわかっています。
 活性酸素は、フリーな状態よりも吸着した方がエネルギーが下がるので、吸着した活性酸素は、フリーな状態より酸化力が下がります。OHラジカルやスーパーオキシドラジカルは、生体内ではたいへん酸化力が強いとされていますが、生体外の反応では、それほど酸化力は強くありません。生体内には酸化されやすい物質が多いので、弱い活性酸素でも酸化が起こるために、酸化力が強いと錯覚されているのです。実際、触媒反応では、これらの活性酸素は重要視されていません
 OHラジカルやスーパーオキシドラジカルの酸化力を簡単な実験で確かめることができます。OHラジカルはフェントン反応によって、またスーパーオキシドラジカルは過酸化カリウム(KO2)と水との反応によってつくることができます。このようにしてつくったOHラジカルやスーパーオキシドラジカルは一酸化炭素を酸化できません。酸化チタン光触媒は、一酸化炭素を酸化できますから、これらの活性酸素よりも強力な活性酸素ができていることになります。実験についてはこちらを見て下さい。
 図8の光触媒の仕組みは今や通説になっているようですが、何らの根拠もないものです。
9.酸化チタン表面の超親水性  
超親水性
  図9 酸化チタン薄膜についた水滴は光照射に
  よって一様な水膜となる。
 酸化チタンに光が当たると、その表面が超親水性になります。これは、光触媒作用そのものではありませんが、酸化チタン光触媒の実用性からいえば、光酸化力をしのぐ重要な機能です。
 窓ガラスや鏡が水蒸気で曇ることがよくあります。これは、ガラスの表面に細かい水滴がたくさん付着し、水滴一つ一つが光を散乱するためです。ところが酸化チタンをガラス表面にコーティングして光を当てると、水滴は一様に広がり薄い水の膜となります。そのため、光の散乱はなくなり曇らなくなります。
 水滴が丸くなるか、横に広がるかは、水滴が付く物質の親水性、すなわち水に対する"なじみ易さ"によって決まります。親水性が非常に大きいと、付着した水滴は横に広がって水膜になります。これを超親水性といいます。

図10 超親水性の表面では水が汚れと表面の間に入り込み、
汚れを浮き上がらせる

 超親水性は曇りを防止するだけではなく、汚れを付きにくくする働きもします。油性の汚れはなかなか取れにくいものですが、超親水性の表面では水が表面と汚れの間に入り込み、汚れを浮き上がらせます。その結果、雨が降った時に汚れが洗い流されます。先に書いた光酸化機能は汚れを分解しますが、大量の汚れは分解できません。一方、超親水性機能は、汚れを洗い流すので汚れの量が多くても対応できます。また、超親水性の方が少ない光量で効果が出るため、汚れを防ぐ効率がよいことも優れた点です。
 建物外壁や窓ガラスに酸化チタン光触媒を施工することが行われています。白いテントへの光触媒の適用は、図2(e)に見られるように大きな効果があり、白さが保たれるために夏の太陽光を反射して内部の温度があまり上がらない利点があります。また、超親水性を利用した光触媒冷房も実用化されようとしています。
 超親水性とは逆の性質の超撥水性というのもあります。超撥水性表面には水や雪がまったくつきません。酸化チタンの超親水性を超撥水性材料とうまく組み合わせると、超撥水性効果を高めることができるという研究結果があり、今後の発展が期待されます。
 超親水性は、酸化チタン表面に水が光吸着することによって発現します。しかし、空気中では光が当たってないとまた元の状態に戻ってしまいます。これは、空気中の酸素が吸着している水を追い出すためです。光が当たらなくても超親水性を持続させる工夫が研究されています。シリカと酸化チタンをうまく組み合わせると超親水性が長持ちすると言われています。
10.光触媒の効果的な使い方
 光触媒は光がなければ働きません。酸化チタンでは波長が390nm以下の紫外光が必要です。戸外では太陽光が利用でき、たとえ日陰でも十分な紫外光量が得られるので光触媒の効果は顕著です。しかし、室内では窓から入る太陽光を除けば、蛍光灯のわずかな紫外光しかありません。蛍光灯もカバーをつければ紫外光量は減るし、白熱電球では紫外光はまったく出ません。
 室内における光触媒の利用は、シックハウス症候群を起こすような揮発性有機化合物(VOC)、環境ホルモン物質、タバコなどの臭いの除去など、微量の物質の処理に限られます。台所の油汚れなどを取るためには、特別な紫外光源(ブラックライトなど)が必要となります。ただし、市販のファン付き光触媒空気清浄機は通常、内部に紫外光源を持っているので処理能力は大きくなっています。
 有害なガスによる公害への対処は、その発生源をなくすか、発生源の近くで有害物質を処理するのが原則です。大気中に拡散したガスは、エントロピーが非常に増大した状態であり、これを処理するには多くのエネルギーと時間を要することは、熱力学の法則から明らかです。光触媒を使ってもこの事情が改善されるわけではありません。
 大気中の窒素酸化物を光触媒によって除去しようとする公開実験が大々的に行われたことがあります。道路や側壁に光触媒を塗布して、窒素酸化物を大幅に低減できるような話が、マスコミにも流されています。しかし、そのような大きな効果は、実測した結果でもコンピュータによるシミュレーション計算でも出ていません。
 窒素酸化物の発生源がわからないならいざ知らず、発生源が主にディーゼル自動車であることはわかっているのですから、これに取り付ける排ガス浄化触媒を開発することが原則的な方法でしょう。ちなみに、ディーゼルエンジン用の排ガス浄化触媒はかなり研究が進み、ガソリンエンジン用の排ガス浄化触媒よりコスト高ですが実用可能な段階になっています。
11.光触媒の性能評価法
 市販されている光触媒は、メーカーが効果があると宣伝していても、実際の効果は確かめにくいのが実状です。窓ガラスや外壁面の汚れを取るような用途では、施工していない部分と比較すれば容易に判定できますが、環境ホルモンの除去などについては、一般家庭では判定しようもありません。このような商品については性能、品質等の適正な評価方法を定め、一定の基準を満たした物であることを表示するシステムが必要でしょう。さもないと、まがい物が横行することになりかねません。
 光触媒の効果をあらわす量に光触媒活性があります。ここで通常の触媒(以下、熱触媒という)と光触媒では活性の表し方に違いがあることに注意しなければなりません。熱触媒では触媒の量を増やせば増やすほど効果が上がります。すなわち、反応が速くおこります。したがって、熱触媒の活性は重量(通常、グラム)あたりで表されます。一方、光触媒では光が当たっている表面だけが働くので、入ってくる光を全部、吸収する量より多く使っても効果はあがりません。したがって、光触媒活性を重量あたりで表すのは正しくありません。
 光触媒反応の速度は光の波長と強度によって変わります。これは熱触媒反応の速度が温度によって変わるのと同じです。触媒活性は同じ条件で比較しなければ意味がありません。熱触媒については触媒量と温度が測定されなければなりません。光触媒では光の波長と光量(光強度)です。もっとも信頼できる方法は一定の波長で光量あたりの収率(量子収率という)を測定することです。ところが、温度と違って光の波長と強度は簡単に測ることができないことが問題になります。
 そこで簡便な方法として、(1)標準光触媒と比較する、(2)同じ光源を使う、などが行われています。(1)については、光源が違っても構わない(本当は同じ方がよい)ので簡単ですが、標準が決まっていません。よくデグサ(日本では日本アエロジル)社のP-25TiO2が使われますが、光触媒活性が製造ロットによって異なりますし、前処理等によっても変わります。一方、(2)として市販のブラックライトを使うなどがありますが、光源と光触媒との距離、光源の劣化などによって光量が異なります。結局、なかなか良い方法がないというのが現状です。現在、「光触媒製品フォーラム」で標準化、規格化の作業が行われていますのでその成果に期待したいと思います。
 一般消費者が光触媒商品の性能を知るには、自分で測定するのが、今のところ一番確実です。光触媒の上につけた醤油などのシミが、光によって消えるはやさを調べる方法が簡単です。
 シート状の光触媒はそのまま、塗料の光触媒はタイルなどに塗布して試料とします。光触媒を塗布した面に醤油のシミを薄く作り、太陽光にさらしてシミが消えてゆくのを観察します。このとき、光触媒を塗布していない試料も作って同じシミを作り、比較試料とすることが大切です。デジカメで画像の記録を取ると、画像の他に撮影日時が同時に記録されますから、メモをとらなくても経過がわかって便利です。
 この測定は、シミを薄くしないとたいへん時間がかかります。薄いシミでも消えるには天気が良くても数日間はかかるでしょう。太陽光では時間がかかりすぎると思うときには、ブラックライトを使うとよいでしょう。ブラックライトは紫外線を出す蛍光灯で、日曜大工の店などで売っています。 
12.半導体光電極反応と本多・藤嶋効果
 現在、市販されている光触媒は酸化チタンを単独で使うものですが、酸化チタンに金属をつけた光触媒もあります。その仕組みは、本多・藤嶋効果と呼ばれる、酸化チタン光電極セルの仕組みと同じです。まず、その原理について説明しましょう。  
半導体光電極と光触媒
図11 (a)半導体光電気化学セル、(b)光化学ダイオード
(c)Ptつき光触媒
 半導体光電極とは、電極の一つに半導体を使う電気化学セルのことです。半導体光電極の研究の歴史の中で30年ほど前に重要な発見がありました。
 酸化チタン(ルチル型)の結晶はそのままでは絶縁体ですが、還元すると酸素欠陥ができてn型半導体になります。この半導体の酸化チタンと白金電極からなる電気化学セルを用い、酸化チタン電極に紫外光をあてると酸化チタン電極から酸素が、白金電極から水素が発生します(実際にはバイアスが必要)。この結果は、電気を使わなくても光によって水を酸素と水素に分解できる、すなわち、光エネルギーを直接、水素エネルギーに変換できることを示したものでした。この発見は、発見者の名前にちなんで本多・藤嶋効果と呼ばれています。当時、第1次オイルショックで石油に変わる代替エネルギーが求められており、この発見は光エネルギー利用につながるものと考えられ、有名になりました。
 ちなみに、半導体を光電極として水の光分解ができるのは、半導体表面に電子と正孔を分離する状態(空間電荷層)ができるためです。
13.光電気化学型光触媒
 図11(a)の光電気化学セルの二つの電極を(b)のように一体化しても同じ機能があります。これを光化学ダイオード(ショットキー型)といいいます。
 さらに、(c)のように粉末の酸化チタン微粒子に白金をつけた光触媒が、米国テキサス大学のバード教授たちによって使われ始めました。彼らはこれを”半導体光触媒”と呼びました。彼らは、酸化チタン粉末を還元して半導体にして使っていましたから、この命名は妥当なものでした。
 ところが、この白金つき酸化チタン粉末は、酸化チタンを還元しなくても、すなわち絶縁体のままでも同様に働きます。それで、絶縁体の酸化チタン粉末を使っても、”半導体”光触媒と言うようになってしまいました。それで現在、一部の光触媒の解説書では、”酸化チタンは半導体の一種である”、さらには”半導体は、条件によっては、電気を伝えることができる物質”という、おかしな定義になっています。名前の拡大解釈が、科学用語の定義まで変えることになってしまったのです。
 それはさておき、このタイプの光触媒は、”マイクロ光電気化学セル”とも呼ばれているので、筆者は光電気化学(PEC)型光触媒と名づけています。光電気化学型光触媒の特長は、本多・藤嶋効果によって水の光分解ができることです。これは筆者が1980年に発見しています。
 光電気化学型光触媒での金属の役割は、半導体光電極セルと同様に、水素発生のための触媒です。酸化チタン単独でも本多・藤嶋効果があると書いてある本がありますが、間違っています。半導体光電極セルで対極の白金がなければ本多・藤嶋効果が起こらないように、金属のついていない酸化チタンでは水の光分解あるいは水の光酸化は起こりません。したがって、酸化チタンを単独で用いている光触媒を、”本多・藤嶋効果をルーツとする”ものだと表現することはおかしいのです。酸化チタン単独の光触媒作用の仕組みは、実用化こそされませんでしたが、本多・藤嶋効果発見の前からわかっていたことです。
 光電気化学型光触媒は、水の光分解を効率よく行えるだけでなく、水と有機物を反応させて水素を効率よく発生させることができます。それで、光によって不要な有機物から水素を得る方法としてかつて注目されました。
 白金をつけた酸化チタン光触媒(Pt/TiO2)は、酸化力が非常に強いのが特徴です。筆者の発見した反応では、Pt/TiO2を光触媒とする炭素と水との反応があり、次式のように水素と二酸化炭素ができます。
 C(活性炭、石炭など) + 2H2O(水蒸気) →  2H2 + CO2

図12 Pt/TiO2光触媒は水で活性炭
を酸化して、CO2と水素をつくる

 この反応(水性ガス反応)は昔、石炭と水から都市ガスの石炭ガスを作るために行われていましたが、非常な高温でないと起こりません。それが室温で起こるのですから、白金つき酸化チタンの光酸化力の強さがわかると思います。ちなみに、この強力な光酸化力は、水の光分解の途中にできる発生期の酸素(活性酸素)によるものです。上の反応では光触媒上の活性酸素が表面を石炭上まで移動して酸化反応を起こします。酸化チタン単独では、このような反応はぜったい起こりません。
 光電気化学型光触媒は量子収率が高く、酸化力も強いのですが、コストが高くなるので商品化されているものはわずかです。コストを下げる研究が望まれます。
14.人工光合成の夢
 初めに述べたように、植物の光合成によって、二酸化炭素が還元されて炭水化物ができ、同時に水から酸素が作られることにより、地球上の生物が生きることができます。光合成過程は、基本的な機能として水の光分解の部分と炭酸同化作用の部分に分けることができます。炭酸同化作用を完全に真似ることはできていませんが、水素があれば熱触媒によって二酸化炭素を還元して有機物にできます。
 したがって、光エネルギーの変換・貯蔵という点では、水の光分解による水素の製造がもっとも重要です。人工光合成は古くからある意味で化学者の夢でした。現在、人工光合成の研究は主に二つのアプローチから行われています。一つは有機物を使って植物の光合成を真似するやり方で、もう一つは固体光触媒です。
 固体光触媒による水に光分解は、紫外光を使って実現しています。しかし、太陽光を十分に使える光触媒はまだ開発されていません。従来からある、可視光でも使える半導体は水の中では分解してしまうという欠陥があります。最近、可視光を使える新しい固体光触媒がいくつか提案されています。近い将来に太陽光による水の光分解ができるかもしれません。できたとしても効率が相当高くないと植物の光合成に敵いませんから実用になるのはまだかなり先のことになるでしょう。

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