光触媒の歴史

 光触媒は最近、約10年の間に実用化され、社会的にも注目されるようになった。そのため、光触媒は最近、発見された技術だと思われている方も多いと思う。しかし、光触媒はすでに1950年代から研究されていた。
 光触媒には二つのタイプがある。一つは、現在、実用化されている光触媒であり、酸化チタンを単独で用いるタイプだ。もう一つは、酸化チタンに白金などの金属をつけたものである。この二つのタイプの光触媒は似ているようだが、実は働き方に大きな違いがある。
 現在、この二つのタイプの光触媒のしくみが混同され、その結果、それぞれのタイプの光触媒のルーツも混同されているように思われる。
 そこで、光触媒の歴史を文献にもとづいて紐解いてみた。
1.わが国における光触媒研究の始まり
 物質に光が当たると化学反応が起こることは、かなり昔から知られていた。そのような現象の中で、光を受けたとき触媒のように働く物質、すなわち光触媒も見つけれていた。酸化亜鉛や酸化チタンなどの金属酸化物が光酸化反応を起こすことは、おそらく1950年以前から知られていたと考えられる。
 わが国における光触媒に関する最初の総説は、化学同人「化学増刊」第20号「光化学とその応用」(1965年)に掲載されている。タイトルは「光触媒作用の速度と機構」、著者は東京大学薬学部教授 管 孝男教授だ。この総説は、わが国だけではなく、おそらく世界で最初の光触媒の総説であると思われる。以下は、その目次である。  
写真1 管先生が1965年に書かれた光触媒の総説
管先生の光触媒総説


1.光増感と光触媒
2.吸着の光リスポンス
3.ZnO-O2系の光リスポンス
4.光吸着と光脱離の機構
5.吸着酸素のESR
6.不均一系の光触媒反応
 6.1.一酸化炭素の光酸化
 6.2.イソプロピルアルコールの光酸化
7.均一系の光触媒反応
8.光触媒作用の機構
文献 54報

 ここで取り上げられている固体光触媒は、金属酸化物(ZnO、TiO2、NiO、Cu2O)、金属硫化物(ZnS、CdS、HgS)および金属セレン化物(CdSe)、また解説されている光触媒反応は吸着、脱離、酸化、水素化、水素同位体交換である。この当時、おもに研究されていた光触媒はZnOであったが、この総説で取り上げられている光触媒にしても、光触媒反応にしても、今日の研究と大差はない。なお、水素化反応と水素同位体交換反応は、その後、再現していない。
 研究はさらに、反応の機構(仕組み)にまで及んでいた。酸素の光吸着や脱離、光酸化の反応機構は、酸素の吸着状態がわからなければ話にならない。酸素の吸着状態は、電子スピン共鳴(ESR)によって測定することができる。1960年頃から始まった、光吸着した酸素のESR測定により、O-およびO2-が観測されている。その後の研究によって、当時の研究結果が補強されたことはあっても、否定されたことはない。
 話はかわるが、管 孝男先生は、筆者が学生の頃、北海道大学触媒研究所におられた。先生は講義の中で「光触媒の研究もしている」と話しておられた。このとき始めて、光触媒という言葉を聞いたのだが、後に自身が光触媒の研究に携わることになるとは、夢にも思いはしなかった。管先生は、その後、東京大学に移られた。
 その後も光触媒の研究は、一部の触媒研究者によって続けられていた。世界的に見ると、フランスのTeichner、ソ連のKazansky、イギリスのCunninghamやStoneなどの光触媒研究者がいた。いずれも触媒の研究者でもある。1979年以前の光触媒研究の状況はBickleyあるいはFormentiとTeichnerの総説に詳しい。
 しかしながら光触媒は注目されることもなく、応用の機運も生まれなかった。なぜならば、光触媒の効率(量子収率)が非常に低いために、大量の物質を処理することには不向きだったからだ。
2.半導体光電気化学と本多・藤嶋効果
 電気化学の研究分野に半導体光電気化学がある。電気化学セルの電極に半導体を用い、半導体電極に光を当てたときの現象を研究する分野だ。この研究から後に新しいタイプの光触媒が誕生することになる。
 電解質溶液中の二つの電極の片方に光を当てると、起電力が生じる現象をベクレル効果という。ベクレル効果の一つとして、酸化亜鉛(ZnO)電極に光を当てると、光電流が流れる(光起電力が生じる)ことが、1960年代に知られていた。しかし、この光電流は、酸化亜鉛が光によって溶解するために起こる現象だった。  
写真2 本多・藤嶋効果を報じた新聞記事
(1974年1月1日)
本多・藤嶋効果を報道した記事350

 酸化亜鉛電極のかわりに酸化チタン電極を用いると、電極の光溶解は起こらず、光を当てた酸化チタン極から酸素が、対極の白金極から水素が発生することがわかった。これは、光によって水が水素と酸素に分解したことになる。酸化チタン光電極による水の光分解は、発見者の名前にちなんで本多・藤嶋効果と呼ばれている。その原理については、光触媒講義ノートを見ていただきたい。
 本多・藤嶋効果は、1969年に「工業化学雑誌」に発表されたが、注目されることはなかった。その後、1972年に「ネイチャー」(Nature)に発表されると、大きな反響があった。そのきっかけの一つは、1973年に始まった第1次オイルショックだった。オペック(OPEC)によって原油価格が一挙に4倍も引き上げられたので世界中がパニック状態になり、石油に替わるエネルギーを探し始めたのだった。
 石油代替エネルギーの候補として、太陽エネルギーが考えられたが、光エネルギーは保存できないのが難点だった。これを解決するには、光によって水を分解して水素をつくればよい。水素は貯蔵ができるし、燃やしても水になるだけだから、クリーンなエネルギーである。ということで、水を光分解できる方法として本多・藤嶋効果が注目されてのだ。
 しかしながら、酸化チタンによる水の光分解は、400nmよりも波長の短い紫外線しかできない。この紫外線は、太陽光中にエネルギーにしてわずか約3%しか含まれていないので、酸化チタンを使っている限り、太陽光を有効に利用できない。それで可視光を使える半導体の探索が世界中で行われたが、いまだに効率の良いものは見つかっていない。
3.新しい光触媒=光電気化学型光触媒の誕生
 本多・藤嶋効果による太陽エネルギーの利用は実現されていないが、半導体光電極セルをつかう光電気化学反応がいろいろ発見され、研究されてきた。さらに、半導体光電極を微少(マイクロ)化する試みがなされた。
 まず、酸化チタン光電極と対極の白金電極を直接、接触させたデバイスをつくることを、米国コロラド大学のノジク教授が考えた(光触媒入門 図11参照)。実際、このデバイスの酸化チタン側に光を当てると、光電気化学反応が起こることがわかった。ノジク教授はこのデバイスを光化学ダイオード(ショットキー型)と名づけた。発表されたのは1977年のことである。  
写真2 酸化チタン粉末(左)と白金をつけた酸化チタン粉末(右)

 このアイデアをさらに発展させて、酸化チタンの粉末に白金微粒子をつけたPt/TiO2が生まれた。1978年頃、米国テキサス大学のバード教授たちが始めた光触媒だ。彼らはこの新しい光触媒を「半導体光触媒」とか「マイクロ光電気化学セル」と呼び、いくつかの光電気化学反応が起こることを示した。その後、バード教授らが名づけた「半導体光触媒」という言葉が世界中に広まっていった。このタイプの光触媒は光電気化学反応を起こすことを目的に作られたものなので筆者は「光電気化学型光触媒」と名づけている。なお、TiO2につける物質はPtでなくとも水素発生触媒機能がある物質であれば同様の効果がある。
 筆者は1978年に米国に留学したが、留学先がバード教授と同じテキサス大学化学科のホワイト教授の研究室だった。ホワイト教授は隣のバード研究室で研究している新しい光触媒に興味を持っていて、気相反応の光触媒として使うことを考えていた。筆者は留学する前までふつうの触媒を手作りのガラス製の真空装置で研究していたから、さっそくガラス細工で真空装置と反応装置を作り上げ、Pt/TiO2光触媒を使って実験をはじめた。  
写真3 Pt/TiO2をこのように濡らした状態で光をあてると水の光分解が起こる

 いろいろ起こりそうな反応を試みた。面白いことも起こったが結果として何の成果もなく1年近くが過ぎ去ったあるとき、たまたまPt/TiO2を水で濡らした状態(写真3)にして光をあてたところ、水の光分解が起こった。光触媒でも本多・藤嶋効果が起こったのだ。Pt/TiO2による純水の光分解は水が多すぎても少なすぎても起こらない。この理由は光触媒講義ノートを見ていただきたい。
 Pt/TiO2光触媒では水蒸気の光分解も起こっているのだが、PtによるH2-O2反応(逆反応)が速いために水素も酸素も観測できない。しかし、水の光分解でできた酸素と反応する物質、たとえば一酸化炭素(CO)を水蒸気に加えると、次式のように水素と二酸化炭素ができる反応が効率よく起こる。
  H2O(g) + CO → H2 + CO2
 水蒸気にエチレンなどの有機物を加えると最終的にやはり水素と二酸化炭素になる。また、Pt/TiO2に活性炭や石炭を混ぜると水蒸気と反応して水素と二酸化炭素になる。これらの反応は光電気化学反応であり、水によるCOや有機物の光酸化が起こるのだ。このようにPt/TiO2では、半導体光電極セルでは考えられないことだが、気相の光電気化学反応が起こるという特徴がある。これは、Pt/TiO2が数ミクロン以下の微粒子であるために起こる現象である。  
写真4 またもや”夢”だった水素燃料(1980年7月13日、朝日新聞朝刊)
 Pt/TiO2を使ってもっと効率よく水素を水から作る方法がある。アルコールのように酸化されやすい有機物の水溶液にPt/TiO2光触媒を懸濁して光をあてると水素ができる。イモやゴキブリでも水素が出るそうだが、やはり酸化されやすい物質の方が効率が高い。この光触媒反応は新聞(写真4)をはじめプレイボーイ誌にまでとりあげられて大流行になった。
 アルコール水溶液からの水素発生は、硫化カドミウム(CdS)のような可視光を吸収する光触媒でも起こるから太陽光も使うことができる。これは一見、太陽エネルギーを水素エネルギーにしているように見えるが、アルコール自体が燃料なのだから実は意味のないことなのだ。そもそもアルコールから水素を取ることなら通常の触媒でもできることだ。そういう訳で世界中で行われた光触媒による水素発生競争は次第に下火になった。
4.光触媒の実用化
 上に書いたように、酸化チタンを使っている限り太陽光エネルギーの利用はできない。また、光触媒が汚染物質などを大量に処理するには向いていないことは、最初に書いた。だが酸化チタンには非常に強い光酸化力があるから、少量の物質を完全に処理するような用途には実用化できるかもしれない。このようなアイデアを持ったのは東京大学工学部 藤島 昭教授(現・同大学名誉教授)のもとにいた橋本和仁助教授(現・東大先端科学技術研究センター教授)だった。そこで藤嶋研究室は民間企業のTOTOと共同して酸化チタン光触媒の実用化研究を1990年ころから始めた。他にも光触媒の実用化を研究していた企業があったようだが、これがわが国で光触媒の実用化が現在のように進んだきっかけである。
 余談であるが、筆者も酸化チタンの強力な光酸化力はよく知っていたから、「なにかに応用できるのではないか」と話していた。しかし、自分で実用化の研究を始めようとは考えもしなかった。
 実用化研究の最初は、酸化チタンの強い光酸化力を応用した、トイレの脱臭や殺菌を目的としたものだった。1994年には光触媒抗菌・防汚タイルを実用化した。藤嶋研とTOTOは研究を続けるうちに、酸化チタン(単独)のセルフクリーニング作用には光酸化力とは違う要素が働いていることをつかんだ。光によって汚れが水に流れやすくなるのだ。光による酸化チタン表面の超親水性化現象の発見である。
 この光による超親水性化現象は光触媒作用そのものとは言えないが、光触媒作用以上に重要な機能だ。なぜならば、酸化チタン単独による光酸化反応は光の利用効率(量子収率)が低い。それに対し光誘起超親水性は、より少ない光量でより大きな防汚効果を発揮する。この親水性機能がなければ酸化チタン光触媒は今日のように普及しなかっただろう。
 光酸化の強さと量子収率の点では酸化チタン単独よりも光電気型光触媒の方がはるかに高い。酸化チタン単独による光酸化反応の量子収率はせいぜい数%であるが、Pt/TiO2を使えば数10%になるから、一桁違う勘定になる。しかしながら、Pt/TiO2などの光電気化学型光触媒はつける助触媒の分だけコスト高になるから、現在実用化されているのはわずかである。酸化チタン単独の光酸化作用は古くから知られていたのに対し、光電気化学型光触媒は新しく生まれた、本多・藤嶋効果をルーツとする光触媒といえる。Pt以外の物質を助触媒としても光電気化学型の光触媒を作ることができる。コストが安くなる方法の開発が望まれる。

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