サトシンのカメラ遍歴

はじめて触ったカメラ

父が持っていたのと同じタイプのカメラ
 父が若い頃(昭和初期の頃)、写真に凝っていたのでわが家には古いドイツ製の乾板カメラがあった。箱の横のボタンを押すと前蓋がパカッと開き、レンズのついた蛇腹を前に引き出すことができるタイプのカメラであった。サトシンが小学生の頃は、乾板を買うことなどできなかったのでカメラとして機能しておらずオモチャになっていた。
 こういうタイプのカメラは、背面の乾板を入れる場所に磨りガラスをいれて、その上に像(倒立像)を結ばせ、頭から黒い布を被って像を見ながらレンズを前後させてフォーカスを合わせた。絞りとシャッターはレンズについている。
 サトシンがオモチャにしていた頃には、すでにフォーカスあわせの磨りガラスはなくなっており、結像を見ることができなかったが、写真というものに興味を持つきっかけになったのは、このカメラのためだろうと思う。
 その後、何回か引っ越しをしている内にこのカメラは行方不明になってしまった。

はじめて写真を撮ったカメラ

叔父が持っていたのと同じタイプのカメラ
 母方の叔父がドイツ製のカメラを持っていて大学生の時、そのカメラを借りてはじめて写真を撮った。このカメラも蛇腹折り畳み式であったが横開き型だった。120ロールフィルムを使い、レンジファインダーがついていた。組み込みの露出計などはまだついてない頃であったから、露出は経験と勘であった。晴天の野外であれば絞りはf8-11、シャッタースピードは1/100ということだったので、もっぱらこの露出で撮っていた。
 フィルム送りはカメラの背面にある窓に出る数字を見ながら行うのだが、最初はどれだけフィルムを送るのか分からぬまま、たしか数字が変わればよいのだろうと思って写していた。これでは露光したフィルムを全部送っていないので、現像したフィルムは少しずつずれた多重露光であった。
 このカメラで撮った写真はたいへんシャープであった。しかし当時はフィルムを買う金もままならなかったので、半年ほど後に返却した。

はじめて買ったカメラ

ニコンF

 結婚した年(1967年)に記念としてカメラを買うことにした。末永く使えるカメラとして、当時としてはかなり高価であったニコンFを選んだ。ニコンFは露出計を内蔵していないが、ペンタプリズム部を取り外すことができるので、ここに露出計を内蔵したフォトミックファインダを取り付けることができた。ニコンFを買った当時フォトミックファインダがあったかどうか記憶が定かでないが、いずれにしてもこれを買う経済的余裕はなかった。したがって露出は、露出計も持っていたが、ほとんど勘に頼っていた。
 写真にもっとも夢中になっていた頃は、フィルムの現像や印画紙への焼き付けも自分でやっていた。フィルムは缶入りを買い、パトローネに詰め替えて使っていた。そのためのフィルムローダーや長尺用パトローネなんかも仕入れた。
 カラー写真が主流になってくると、露出計のないカメラは使いにくく、重たいニコンFの出番は少なくなった。末永く使うつもりだったが、より軽量で高機能な一眼レフに興味が移っていった。

最も永く使ったカメラ

ニコンFM

 ニコンFの次に買ったのが中古のニコンFMだった。後に新品に買い換えて使い続け、ごく最近まで使っていた。今使っているフィルムカメラは、仲間うちのオークションで格安で買ったニコンFM2だが、機能はとほとんどFMと同じである。
 ニコンFMは露出計内蔵だが絞りもシャッタースピードも手動である。もちろん、フォーカスも手動だ。写真の対象が高山植物や花になっていったのでこれで十分だった。花の写真では露出はほとんど絞り優先になるし、フォーカスも自分の好みの所に合わせる必要があるからだ。
 露出が自動の一眼レフでは、カミさん用に買ったニコンFEを持っている。カミさんが使わないので何回か使ったことはあるが、軽量である他はメリットを感じない。また、FEは重くて大きすぎるというカミさん用に、一眼レフでないが全バカチョンのCONTAX Tを買った。大枚をはたいたがこれも結局棚晒しになったので使ってみたことがある。やはりレンズ交換ができないことやフォーカスがどこに合うか分からないことなどから気に入らなかった。ということで、全自動が全盛期になってもマニュアルの一眼レフで十分だと思っていた。

デジカメ遍歴


以下、準備中。

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